2018年11月19日、早稲田大学文学学術院文学研究科国際日本学コース主催、早稲田大学総合人文科学研究センター研究部門「創作と翻訳の超領域的研究」共催で、日本のマンガ翻訳家マルク・ベルナベ氏による、「マンガを訳す 日本を訳す」と題した講演会が行われた。ベルナベ氏は、これまで数々の日本のマンガやアニメのスペイン語訳を手がけており、今回のイベントで中心となったのは、主に世界的なマンガ市場の現状と、マンガ翻訳の特徴に関する話であった。講演は日本語で行われ、学内外から多くの研究者、学生が集まった。
 始めに、ベルナベ氏は日本のマンガの特徴とは、絵の描き方やスタイルではなく、むしろ編集のあり方にあると述べ、日本のマンガ編集者の仕事は海外では見られないものであるとした。それから、同氏がまず論じたのは、日本とスペインのマンガ市場の現状についてであった。ベルナベ氏はコミックの売り上げや出版全体おける占有率など、具体的な数字を挙げながら、スペインに比べていかに日本のマンガ市場が発展しているかを示した。その上で、海外では紙媒体のマンガしか出版されていないのに対し、日本ではデジタルマンガが普及しており、昨年初めてその売り上げが紙媒体を上回ったことにも言及した。一方、スペインでは、出版されているコミックの中で日本のマンガはおよそ三割を占めており、2009年から2014年の不景気の間は市場が落ち込んだものの、2015年からはまた復活したと述べた。その他にも、ベルナベ氏は様々な国や地域におけるマンガ市場の規模を示し、日本以外で日本マンガの市場が一番広いのはフランスであると指摘した。
 次に取り上げられたのはスキャンレーションの問題であった。スキャンレーションとは、日本のマンガなどをイメージスキャナーで読み取って電子書籍化し、他の言語に翻訳してインターネット上に不法にあげてしまう行為を指しており、ベルナベ氏はこれによって正式には出版されていないアラビア語・アラブ語・インド語版などのマンガがネット上に存在すると述べた。また、マンガ『GANGSTA』原作者のKohske氏が、2018年10月28日に、ツイッター上でスキャンレーションの問題に苦言を呈し、この問題が改善されなければ漫画家をやめると宣言したことを取り上げた。ベルナベ氏は、マンガの作者、編集者、出版社に収益がないことは大変重大な問題であり、本来好きな作品であれば正式に出版されたマンガを購入するべきとしながらも、諫山創『進撃の巨人』など、スキャンレーションによって人気を博す作品などもあることを指摘し、スキャンレーションには良い面もあることを示唆した。また、スキャンレーションによって、日本語から英語あるいは中国語に訳されたマンガが、さらに他の言語に訳されていく過程で誤訳が増えるという翻訳の問題が生まれることにも言及した。さらに、ベルナベ氏はフェリーペ・スミス『PEPPO CHOOピポチュー』など、日本の少年少女マンガの影響を受けた漫画家が世界中にいることに触れ、中でもフランスのマンガ作品であるトニー・ヴァレント『ラディアン』に注目し、この作品が日本の少年マンガ形式で書かれていることや、日本でも2015年に邦訳版が出版されたのち、今年の十月からはテレビアニメも放送されていることを挙げ、非常に興味深いマンガであるとした。
 続いて話題は翻訳の問題へと移り、ベルナベ氏は日本のものに限らず、マンガ・アニメ・映画における話し言葉を翻訳する際は、書き言葉を用いないよう注意することが必要だと述べた上で、様々なマンガのスライド写真を用いながら、日本のマンガをスペイン語に翻訳する際の問題点について論じた。まず、ベルナベ氏は、日本語の特徴はその曖昧さにあるとし、例えば、日本語の「うさぎ」を翻訳する際、文脈から性別や数がわからなければ、スペイン語において四通りの訳し方(un conejo /una coneja /conejos /conejas)が存在してしまうことを挙げ、文脈がなければ翻訳が困難な言葉や表現が多いことを指摘した。次いで、手塚治虫『リボンの騎士』、池田理代子『ベルサイユのばら』など、実際は女性でありながら男性のふりをしている人物が登場する作品について、ベルナベ氏はスペイン語では形容詞の形などで話の主体が男性か女性かすぐに分かってしまうため、作者の意図に従って読者を欺こうとする場合には、翻訳に工夫がいると述べた。また、同氏は一人称の問題を取り上げ、スペイン語において一人称は一通りの言い方しかないが、琴音らんまるによってマンガ化された『君の名は』では、主人公の男女が入れ替り、男性の姿になってしまった主人公の女子高生が、「私」、「わたくし」、「僕」、「俺」など様々な一人称を用いる場面があることに触れた。ベルナベ氏は、スペイン語で読んでも原文を読んだときと同じ印象を読者に与えられるよう翻訳することを心がけており、日本語に対応するスペイン語がない場合には、元の日本語とは違った表現を用いることも必要であると結論づけた。
 その他にも、ベルナベ氏は日本のマンガにおけるコマ割りや吹き出し、そしてオノマトペの問題に言及した。同氏は、日本の漫画家の多くは、海外で出版することを前提にして執筆していないため、吹き出しなどが横書きの言語に対応していないことを指摘し、翻訳の際は短い言葉を選ぶ、あるいは書体を調整することが必要になる場合が多いと述べた。また、スペインにおいて、以前は一般的に全てのオノマトペをスペイン語に訳す傾向にあったが、その後、一切手を加えず絵の一部として扱うやり方が主流になったことを挙げ、数年前からは絵の一部として日本語のオノマトペはそのままにしつつも、字幕のように小さくスペイン語のオノマトペを入れ、解説を加えるようになったというこれまでのスペインにおけるマンガ翻訳の経緯を説明した。
 次いで、ベルナベ氏が問題としたのは、翻訳と翻案の違いについてであった。同氏は、例えば「ひな祭り」や「すき焼き」など、日本の文化に関係する言葉をどのように訳すかについて、まずその作品が誰を対象にした作品であるかを踏まえることが必要であると述べた。そして、日本語や日本の文化に詳しくない子どもなどを対象とした作品の場合は、多くの注があると読みづらくなるため、「ひな祭り」は「祭り」や「女の子の祭り」、「すき焼き」は「シチュー」とするなど、より分かりやすい言葉や表現を用いる一方、青年向けの作品などは、日本語はそのままにして注を入れるようにしていると語った。つまり、読者がどれだけ日本の文化に詳しいかによって訳し方は異なり、翻訳家としては特に一般読者向けの作品を訳す場合に、注を用いるかそれとも言葉や表現を読者にとってより理解しやすいものに変えるかが問題になってくるとした。同氏は、この問題には出版社の意向も関わってくると述べ、さらにアニメ化されている作品に関しては、アニメで用いられている表現とマンガを一致させる必要があることにも言及し、自身はまたスキャンレーションされたマンガの影響も受けていることを明かした。
 最後にベルナベ氏は、多くのスライド写真を用いながら、自身が翻訳した大友克洋『AKIRA』や大場つぐみ(原作)・小畑健(作画)『バクマン。』などのマンガを、他の翻訳家が訳したものやスキャンレーションされたものと比較しつつ、翻訳した際の苦労を語った。中でも、特にベルナベ氏が特に印象に残ったマンガ家として挙げたのは駕籠真太郎であった。駕籠は、元はつなげていくと同じ一枚の絵になるが、駒の配置を変えると全く違う話になるというような実験的な作品を描いており、ベルナベ氏はそうした駕籠の作品に関して、翻訳には非常に苦労するものの、挑戦のしがいがあり大変興味深いものであると述べた。
 質疑応答の時間では、参加者から多数の質問が寄せられた。これまでで一番翻訳が難しかったマンガは何かという問いに対し、ベルナベ氏は坂口尚『あっかんべェ一休」』、花咲アキラ『美味しんぼ』を挙げた。特に、『あっかんべェ一休』は十四世紀の室町時代が舞台であり、その当時の時代背景や、能・禅といった文化についての説明が難しかったと述べた。他にも、講演中、ベルナベ氏がモンキー・パンチ『ルパン三世』における女性差別的な表現を問題にしたことに関して、そういった表現を変更したい場合は誰の許可が必要なのかという質問があった。この質問に対して、ベルナベ氏は基本的にマンガ家は多忙のため、最終的に判断を下すのは編集者であるとしつつも、翻訳家としては基本的に原文に忠実に訳すべきだと思うと答えた。また、ベルナベ氏が子ども向けのマンガでは、「七夕」や「ひな祭り」などを「祭り」という分かりやすい表現に変えていることに関して、子どもにこそ日本の文化についてしっかりと説明することが重要なのではという指摘があった。この意見に対し、ベルナベ氏は場合によっては子ども向けの作品において、日本の文化に関する説明を加えることも重要であると答えた。さらに、スペインのマンガ専門誌などで自身の翻訳に対し批判がなされることはあるかという質問には、最近はツイッターなどのSNS上で翻訳の間違いを指摘されたり、批判を受けることがあるが、そのような注意は翻訳の改善につながるため非常にありがたいと述べた。そしてこの講演会の締めくくりに、造語はどのように翻訳するのかという質問を受け、ベルナベ氏は以下のように語った。「翻訳や翻案には限界があり、完璧なものというのは存在しない。しかしそれでも完璧な翻訳を目指して努力していくことが大切なのである。」