自分たちの漢文リテラシー

前近代日本における漢文に関する概念

 

2019年5月9日(木)、プリンストン大学東アジア学部助教授のスタイ二ンガー氏による「日本漢詩文における規範と破格―平安中期の「国風」の発見を見直す」と題した貴重な講演が行われた。このイベントには延べ71名の参加者が集まり、増え続ける聴衆を収容するべくイベントが始まる直前まで追加の椅子を会場に運ばれねばならなかった。観客の中には早稲田大学及び他大学の教授、学部生、大学院生のほか、数多くの研究者が見受けられた。

日本語で行われたスタイニンガー氏の発表は多くの有益な情報に加え、会場に集まった参加者全員に刺激的な漢文研究への新しいアプローチを提供した。平安時代(794年~1192年)の日本文学の研究において、漢文および漢文リテラシーの位置づけをいかに考えるべきかという問いは古くから、そして現在に至っても、難しい課題となっている。本講演では、スタイニンガー氏は漢文リテラシーへのよりきめ細かなアプローチを提示したのである。『作文大体』と題した10世紀の日本で成立した漢詩文作成の基本の手引書に注目することによって、スタイニンガー氏は当時の日本の知識人がどのように漢文リテラシーを再概念化してきたかという点に関する考察を観客に対し促した。

当日の参加者の一人でもあった著名な日本史研究者の小原仁氏(1944年生まれ)の研究成果を利用して、スタイニンガー氏は「本朝意識」という概念、すなわち当時の日本の知識人の中で高まっていた広範囲な東亜文化圏における自分たちのユニークな位置づけに関する意識に注目した。この意識とは中国の文化的伝統に対する単なる優越感として現れたものではなかった。平安時代の知識人は自分たちの国におけるほかにはない自国独特かつ現代的な一種の漢文リテラシーの存在を認識していた。日本人学者は漢詩文を根本的に遠いもの、つまり、中国大陸の古代に成立したものとして認識するのではなく、自分たちを、大陸の威信や古代からの伝統による正当化をもはや必要としない、より真心を込めた現代的な自国生え抜きの自分たちの漢詩文伝統の持ち主として見なしてきた。この時代の日本において、平安京の大学寮(官僚育成機関)を卒業した、またはそこの教官職に就いた学者は、専門分野であり、得意分野である漢詩文学問がゆっくりだが確実にその威光を失っていたため、社会・政治的地位が益々危うくなっていた。上述の漢詩文への新しいアプローチは、自国独自かつ現代的な漢文リテラシーの存在(そして、それ故にその必要性)を主張したものであったため、苦労する学者層に対して低下しつつある社会的地位を取り戻す可能性を与える足掛かりを提供した。

このように平安時代の日本における漢詩文の役割、すなわち独特に自国に基づいた(当時に)現代的な日本風の漢文リテラシーに関する高まっていた意識として漢詩文を見直すのであれば、この新しい概念とは何だったのか、そしてその概念は何を受け入れたのかといった問いだけではなく、それは何を余所のものとして排除したかという問いを立てる必要も生じることになる。

『作文大体』では漢詩文作成のそれぞれの要素に関する十則が紹介される。これらの則のほとんどは押韻、韻律、平仄、対句などといった形式に関わるものである。我々現代の読者にとって、これらのことにこだわるのは若干不思議に思われるかも知れないが、実は、このような形式的な課題は漢文学の伝統において3世紀まで遡って最も重要視されていた要素であった。この伝統において、書かれた(そして詠われた)言葉は半宗教的な意味で宇宙論的、社会的、道徳的秩序を司るための強力な媒介物として認識されていた。従って、旋律の美しい押韻と韻律、組み立ての合っている対句や、声調の調和を成す平仄といった形式的な調和は決して形式だけの問題ではなく、俯瞰的なものに密接に結びついているとされていた。簡単にいうと、秩序のある作文は秩序のある社会と宇宙を反映すると共にそれらを強化するものだと考えられていた。『作文大体』において形式的な要素にとても忠実に重点がおかれている点は、この古来の大陸の文学的思想の流れを的確に表している。

このような文学的思想に則して、広い意味で秩序のある文章として捉えた文学の性質と機能は恒久的かつ普遍的であるという説があった。文学はどこで書かれても、いつ書かれても文学である。漢詩文を巡る形式的なこだわりは書き手(または詠い手)が古代中国にいようとも、現代日本にいようとも成り立つ。より具体的にいえば、文学が物事を調和させる力を及ぼすのに、誰であっても、漢詩文という道具を用いる者は同じ平仄や形式的な規律に念入りに従わねばならない。そこまでは問題なかった。この大前提に関しては、10世紀の平安朝の知識人は大陸の文学的思想に同感していた。彼らは普遍的かつ恒久的な漢詩文の仕組みという考え方を熱心に受け入れた。

平安朝は毎日のように東奔西走して儀式を行った。この儀式では、漢詩文などの公文書は儀式に参加する全員の前で社会的・宇宙的調和の媒介物として詠まれた。9世紀から10世紀にかけて、平安朝で行われた儀式における漢詩文の読み上げの音読から訓読へ移行が著しかった。勿論、口頭言語としての日本語の文法に従って漢文を詠むことは、平仄、韻律、押韻などの形式な規範にとって、書かれた文字としては維持されつつも、読み上げられる際には大いに変容・変形されることを意味した。『作文大体』の第10則(最終の則)はこれに関して意味深い注意事項を述べる。実質的に、この則は学者に対して古くからの漢詩文作成の形式的規則に配慮するだけでなく、その漢詩文がどのように読み上げられるか、つまりどのように口頭言語としての日本語の文法に合わせるようにその構文が変容するかについても真剣に注意を払うことを勧めている。この則が明らかにするのは、遅くとも10世紀から、漢詩文は二つの異なっているレベルあるいは側面を内包するように再概念化されていたということである。一方のレベルでは、日本の漢詩文作成者は多かれ少なかれ大陸からの形式的な調和の規則に忠実に従い、ある種の漢文のように音読すれば、その作品における押韻と平仄の基準が全て満たされることが求められていた。もう一つのレベルでは、この日本人作成者はその作品が(主に)日本人聴き手の前で、中国語の語順などに従う音読でなく、口頭言語である日本語に基づいたきちんと成り立っている訓読の詠み方に従って読み上げられることを十分に認識していた。前者の(形式的な)レベルは、『作文大体』が勧める限りでは、概念上の問題で実は形式の課題しかない。それに対して、後者のレベルはテクストの実際の発表・読み上げに関係する。実践的な読み上げの課題を考慮すれば、形式的な問題は必然的にその重要性が相対的に薄れていく。

前述の『作文大体』第10則において、漢詩文の実際の発表や読み上げに関するものは「俗説」と総称し、ここでは自国の風習と解釈すれば良かろう。このような課題がより伝統的・形式的な漢詩文作成の風習と並行して語られていたこと自体は、平安時代の知識人は実は漢文リテラシーを二重的な存在として認識していたことを示唆している。つまり、普遍的・恒久的・形式的な存在と共に、日本においては訓読の風習を介して成立した自国生え抜きの(当時は)現代的で演奏的な存在でもあったのである。

スタイニンガー氏の発表の後、当日のコメンテーターである川尻秋生氏(早稲田大学教授)は講演中で触れた幾つかの詳細な点について問いかけた。懸案となる質問の一つは平安時代、そしてそれ以降の日本史の文脈において、「本朝」つまり日本という国またはその国土、および「国風」つまり日本独特の風習といった用語を正確にどのように捉えるべきかという問いであった。

川尻氏とスタイニンガー氏との短い間の意見交換の次に、約30分間会場からの質疑応答が行われた。日本以外の国々からやって来た学生と学者が本イベントの質疑応答に熱心に参加している姿は実に喜ぶべきものであった。日本語と英語の両言語での質問がなされた。講演の内容から、多くの質問は二つの主要な事柄に関するものとなった。一つ目は、日本の作家や思想家は漢文文学という分野に関連して自分たちのアイデンティティをどのように概念化したかという点。二つ目は、日本の歴史の中で、漢文リテラシーに対する評価や受け入れ方はどのように変わって行ったのかという点。この両方の主要な質問について、会場からは平安時代の日本と江戸時代から明治時代にかけての日本との比較が多くなされた。これらの事案をより広い視野からアプローチすることを促したという意味で、このような比較は特に有益だった。例えば、訓読の歴史に関連して、会場にいた参加者の一人からは、江戸時代に古代の漢文テクストは口語的な日本語に翻案され、それは平安時代から受け継いだより正統派的な訓読の書き下ろし文とは大いに異なっていたという指摘があった。また、国風という概念について、日本における書道の進化に関係して日本独特の文学的風習の意識に関する質問もあった。総じて本講演は全ての関係者にとって有意義な催しとなった。

 

■イベント概要

日本漢詩文における規範と破格―平安中期の「国風」の発見を見直す
Sinitic Literature in Heian Japan: Universal Standards Versus Local Practices

日時:2019年5月9日(木)15時~16時30分

会場:早稲田大学 戸山キャンパス33号館16階第10会議室

講演者:Brian Steininger(プリンストン大学東アジア学部助教授)

コメンテーター:川尻秋生(早稲田大学文学学術院教授)

司会:Kristopher Reeves(早稲田大学文学学術院講師)

河野貴美子(早稲田大学文学学術院教授)

講演言語:日本語

参加者:学生、教職員、一般

主催:早稲田大学文学研究科国際日本学コース(Global-J)

スーパーグローバル大学創成支援事業 早稲田大学国際日本学拠点

早稲田大学総合人文科学研究センター 角田柳作記念国際日本学研究所

共催:早稲田大学日本古典籍研究所