シラネ教授講演会「四季の創造 日本文化と自然観の系譜」

 

2019年7月25日、コロンビア大学のハルオ・シラネ教授による第26回山片蟠桃賞受賞記念講演会「四季の創造 日本文化と自然観の系譜」が開催された。シラネ先生は、日本文化を海外に紹介し国際的な理解を深めることに貢献したことが高く評価され、大阪府が設けた山片蟠桃賞(大阪国際文化賞)を受賞した。本講演会では、受賞作Japan and the Culture of the Four Seasons: Nature, Literature, and the Arts(四季の創造 日本文化と自然観の系譜)の中から第1章「二次的自然、気候、風景」と第4章「田舎の風景、社会的差異、葛藤」を中心に、著書全体を俯瞰するようなかたちでお話しいただいた。会場には国内外から60名の聴衆が集まり、次々に映し出されるスライドを見ながら、シラネ先生の講演に聞き入った。

日本文学の中には自然と四季が遍く存在する。例えば『源氏物語』では登場人物の名前に、特定の季節と結びついた植物の名前が用いられたり、『源氏物語絵巻』では、造営された庭や調度品に自然が描かれたりしている。シラネ先生は、このような作品のなかに認められる優雅で繊細なものとしてとらえ直された自然を「二次的自然」と呼び、何世紀にもわたって特に都を中心とした貴族文化の中で作り上げられたものだと指摘した。そして、「日本人は自然との融合を目指してきた」という広く信じられてきた考え方をひとつの「神話」とみなし、実際そこで一体化が目指されているのは二次的自然であったことや、現実の自然と二次的自然のズレを明らかにした。
自然との調和を理想とする姿勢は平安時代から見られ、例えば藤原清輔『奥義抄』や藤原定家『毎月抄』には、和歌において自然は優雅で上品な形式であるべきだとする考え方が反映されている。自然は調和のとれた身近なものであり、また世界を見る手段であるととらえるという伝統は、都を中心とする和歌や日記などの貴族文化を通して作り出されたものである。このように自然を理想化する姿勢は、日本の実際の気候と『古今和歌集』に描かれた季節との比較からも浮き彫りになる。例えば、実際の日本の春と秋が時期的に短いのにも関わらず春と秋をテーマにした収載歌数は極端に多いことから、これらが文化的にはもっとも重要な季節であると考えられていたことが明らかである。さらに、このような都の貴族たちが発達させた二次的自然には、その重要な特徴として、護符的性質が含まれていることにも言及した。護符的性質とは、自然の脅威や災害から身を守り、また新たな生命をもたらすものとしての機能であり、中国伝来の五節句のような宮廷催事のほか、四季四方の庭や鯛には長寿の意味合いが付与されたという。

つづいて、もう一つの二次的自然として、平安中期から後期にかけて農村周縁で発達した里山について紹介した。自然への接し方には歴史的な変化が見られ、平安中期までは、田の開発を進めるなかで「荒ぶる神(自然)」を敬い、祠を立てるなどしていたのが、平安末期以降は、荒ぶる神から稲作農業の神(鎮守の神)へと変化していった。それに伴い、神々を祀る神社が村の外れではなく荘園のなかに作られるようになる。このような、より協力的で相互共存的な関係への移行について、平安時代後期から中世にかけて、自然と農業に対して治水や灌漑などのより大きな技術管理ができるようになったことが背景にあると分析した。これが現在里山と言われるものの始まりであり、20世紀まで続いた生態系だったのである。さらに、中世説話や能の作品を取り上げ、自然を管理する必要性と同時に、自然にたいする畏怖・畏敬の念との根本的対立が見られること、またこの対立が仏教の殺生を禁止する考えの導入により複雑になってくることを指摘した。一方、室町時代に様々なジャンルの文学で異類婚姻譚が増えていくことについては、自然界に神や霊が存在していると信じられていたこと、草木国土悉皆成仏(草木のような心を持たないものでも成仏できる)という仏教概念が浸透していたこと、さらには禿げ山現象をはじめとする自然破壊問題などにその理由を求め、考察した。また、そのような説話のなかに大木を切り倒す話の類型があることを指摘し、そのひとつとして浄瑠璃・歌舞伎作品の「三十三間堂棟由来」を詳しく取り上げ、特に庶民が、犠牲になる大木に共感し、鎮魂を求めたことなどを紹介した。
最後に、補遺として「災害と文学」について述べた。特に『方丈記』を環境文学として捉えることを提案し、同作品について、「制御できない時間と空間」と「制御できる時間と空間(二次的自然)」との間に人間を位置づけている点などを論じた。

講演後、本学山本聡美教授(美術史)よりコメントがあった。山本先生は、まずシラネ先生の受賞作が、その優しげなタイトルとは裏腹に、日本と自然との融合という「神話」にいかに我々が囚われているかについて深く鋭く問うものであると指摘した。この著作には日本語を用いた日本文化研究の内側と外側の両方に足場を置いたシラネ先生ならではの視点が活かされている。日本文化研究は日本語で行われるものが唯一特権的なのではなく、外国語からのアプローチによっても多くの視野が開拓され、研究が蓄積され、重要な視点が形成されてきている。そのことを踏まえ、若手研究者にも内と外の双方の視点に自覚的であってほしいとのメッセージを寄せた。最後に、補遺の部分について、中世仏教美術史の視点から、一人の人間の死が個人の問題ではなく環境と社会との大きなつながりのなかで意識されていくというありようが、中世の文学や美術を理解する上でも重要な視点であると述べた。

コメント後の会場との質疑応答では、受賞作の内容のほか、環境文学やジャンルの問題など、講演のキーワードを中心に、様々な観点からの質問が寄せられた。活発なやりとりが続いたが、定刻になったため盛況のうちに閉幕した。

【開催概要】
第26回山片蟠桃賞受賞記念講演会「四季の創造 日本文化と自然観の系譜」

日時:2019年7月25日(木)15:30~17:30
場所:早稲田大学戸山キャンパス33号館第1会議室
主催:スーパーグローバル大学創成支援事業 早稲田大学国際日本学拠点
共催:早稲田大学総合人文科学研究センター 角田柳作記念国際日本学研究所

講演:ハルオ・シラネ(コロンビア大学教授)
開会の辞: 陣野英則(早稲田大学教授)
閉会の辞:高松寿夫(早稲田大学教授)
司  会:河野貴美子(早稲田大学教授)
コメンテーター:山本聡美(早稲田大学教授)
オーガナイザー:十重田裕一(早稲田大学教授)
コーディネーター:
塩野加織(早稲田大学准教授)
金ヨンロン(早稲田大学高等研究所講師)
常田槙子(早稲田大学研究院客員講師)
佐藤未央子(早稲田大学研究院客員講師)