「エリザベス・コールの毎日が障害物競走」の制作について

2020年1月20日、早稲田大学にて映像作家のエリザベス・コール氏による講演『「エリザベス・コールの毎日が障害物競走」の制作について』が開催された。コール氏は日本での生活をさまざまな角度から切り取ったドキュメンタリー作品を紹介し、その創作過程や、最近作品が紹介されたNHK教育テレビの番組「2355」について語った。司会は、スティーブン・カール氏(詩人・本学非常勤講師)が務めた。

まず初めにコール氏は、自身の略歴を紹介した。米国ブラウン大学でラテンアメリカ研究の学士号を取得後、アメリカやメキシコでスペイン語媒体向けの写真家・ライターとしてキャリアをスタートさせ、メキシコに7年在住した。その後アメリカに戻り、ニューヨークのニュースクールでメディア・スタディーズを学び修士号を取得。そこで夫となる、ミュージシャンの小沢健二氏と出会った。二人で3年間世界中を旅した後、小沢氏のコンサート・ツアーにビジュアル・クリエイターとして参加し、二人の子どもと共に日本に移住した。これまでの人生において、アメリカからメキシコ、メキシコから日本というように何度も住む場所が変化してきたことについてコール氏は「一つの文化を見る時は、他の文化の文脈において見るようにしてきた」と語った。そして自身の作品については、「一つのものの見方から他の見方へと橋を架けるように広がっていく感覚があって楽しかった」と述べた。

「障害物競走」というタイトルがつけられたドキュメンタリー作品は、日本に住み始めた主人公が、文化の違いからうまれた、いくつかの「障害物」に遭遇する場面を集めたものだ。本講演ではコール氏の短編作品のなかから3作品を紹介した。最初の作品「Hanko(判子)」は日本に到着したばかりの主人公が、判子を手に入れようとしてその過程に戸惑い、日本社会における複雑な規則について考えるという内容だ。2つ目の作品「Mine or Ours?(私の?私たちの?)」は、服装や食事のマナーに苦戦する主人公を滑稽に描いている。1作目と同じ主人公は旅館で他の人と一緒に入る風呂の使い方がわからず困惑する。3つ目の「Who Are you? And Where Am I?(あなたは誰?私はどこ?)」は、ニューヨークでの場面を紹介し、服装やその他の目で見える手がかりが、文化によってどう異なって解釈されるのかについて相対的な視点を提示する作品だ。主人公はこうした経験を通じて、ある文化のなかで暮らしていると常に影響を及ぼすことになる、思い込みや共通理解について熟考する。

コール氏は日本では正しく理解されなかったり、物事が円滑に進まなかったりすることが多々あるとし、そうした経験を作品の要素として取り入れようとしたと語った。「障害物はクリエイティブな発想を生み出す宝庫」だとコール氏は語った。また映像作品の創作過程について語る際には、文学/社会言語学研究者であるメアリー・ルイーズ・プラットが提唱する「コンタクトゾーン」(異種の言語使用者が接触することで2つの言語や文化が交わっていく空間概念)に触れ、他の人とコラボレーションして動画を制作することと、異文化間での議論や交流が絶えず行われるコンタクトゾーンの一つとを比較した。さらにこの異文化間の「コンタクトゾーン」という概念を、批評家で文学者のホミ・バーバとも関連付けて語った。「文化」とは、二極の一方にありながら多文化と接触するものではなく、接触そのものであり、またどちらの文化も優先されることがない「サードスペース」で、共有され相互に連結するものである。「異文化間交流を、極性の力関係を回避するサードスペイスとして捉えることもできる」とコール氏は説明した。

コール氏はまた、自身の作品における他の要点や創作過程についても言及した。ナレーションを担当した俳優の市川実日子氏から受けた影響について明かし、「彼女は私のなかのボイスの一つになった」と語った。さらにメキシコへ、そして日本への移住の困難について詳述。コール氏は、アメリカでメキシコ人移民の経験について執筆したことに触れ、「移民たちは迎え入れられたいし、受け入れられたいと感じている。人間として扱ってもらいたい。自分たちの場所がほしいし、自分たちの存在をわかってもらいたいと思っている」と主張した。そして再び、誤解や障害物のなかにこそ、そうした多様性を受け入れる可能性があると述べた。最後にコール氏は、多大な影響を受けたというドキュメンタリー映像作家のアルバート・メイスルズについて語った。メイスルズによると、ドキュメンタリー作家は「作家であってディレクターではない。何かを発見する者であって、規制する者ではない」、そして「自分の運命や信念を喜んで預けられる、世話人のようなものだ」という。コール氏は、「アルバート・メイスルズのおかげで、伝えたいことというのは私自身からではなく、世界の中から見つけるべきということや、それを少しでも作品にとらえることができれば幸運だということに気付くことができた」と語った。

質疑応答の時間では、作品のなかに人々の顔が写されないことについての質問があがり、それに対してコール氏は、出演者が誰だかわからなくすることで、見ている人が自分自身を投影できるようにしたかったと答えた。また異文化間の「コンタクトゾーン」が広がったり縮まったりするような時とは他にどんなものがあるかと尋ねられると、コール氏は自身の生活における例をあげ、異文化の出会いは「知れば知るほど、分からないことが増える」ということの自覚でもあると主張した。最後には映画制作についての質問もあがった。コール氏は再びアルバート・メイスルズを引用して、最も重要なのは「撮影を感じること、記録しているものへの愛と思いやりを感じること」だと述べて講演を締めくくった。

 

【イベント概要】

日時:2020年1月20日 13:00~14:30

会場:早稲田大学戸山キャンパス33号館6階第11会議室

登壇者:エリザベス・コール(映像作家)

モデレーター:スティーブン・カール(詩人、早稲田大学非常勤講師)

オーガナイザー:由尾瞳(早稲田大学准教授)

聴衆:学生、教員、一般人

主催:スーパーグローバル大学創成支援事業 早稲田大学国際日本学拠点

共催:早稲田大学総合人文科学研究センター 角田柳作記念国際日本学研究所