ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

近世の東海地方における地域文化の形成(35)192集されている。また、簡略化ばかりではなく、付け加えられた部分もある。浄瑠璃本においては、判官切腹後、判官の正室である顔世御前の様子は、亡骸にすがりつき、声を上げて泣く姿が描かれるのみである。一方、地芝居台帳においては、顔世御前が判官の後を追って自害しようとしたところを、大星由良之助に止められ、夫の菩提を弔うよう諭される場面が付け加えられている。このように、地域において受容された都市の歌舞伎は、地芝居の担い手を取り巻く上演環境や解釈など様々な要因のもと、独自の歌舞伎として再構成されていった。おわりに本論文は、芸能の受容者の活動に焦点を当て、地域への歌舞伎文化の普及について考察してきた。東海地方においては、早い段階から名古屋・伊勢を中心に複数の興行地が成立していた。これらの興行地は興行師のネットワークと役者の移動によって結びついていた。名古屋は上方・江戸の役者が往来する土地であったが、歌舞伎文化の受容者は、上方と類似した嗜好を持ち、上方歌舞伎の文化圏に属する地として認識していた。在方の足助村に目を移すと、人々は東海地方の諸都市との関わりの中で、歌舞伎や浄瑠璃を受容する様子がみられる。足助村の小出家においては、生業・生活の人間関係において、東海地方の諸都市と結びつき、そのネットワークは都市の興行情報の入手にも役立っていた。そうした中、東海地方の都市である伊勢・名古屋を拠点に活動する芸能者を招き、芸能を受容する様子をみることができた。このようにして足助村においては、都市の文化を取り入れていったのである。以上のような歌舞伎文化の受容を基盤として、地芝居という地域文化が形成されていく。足助村・霧山村・則定村・下国谷村の地芝居の演目には、上方歌舞伎と、その影響を受けた東海地方の歌舞伎文化が反映されていた。その背景には、名古屋の歌舞伎文化のイメージの共有とそれを規範とする認識が存在した。また、こうして周辺都市の影響を受けて展開する地芝居は、単なる都市の文化のコピーではなかった。地芝居の担い手は、浄瑠璃本などを元にしつつも、台詞や登場人物などを変更し、地域独自の歌舞伎を作り上げていった。近世の人・物の動きや情報網の発達は、芸能者・興行師の広域にわたる活動を促し、芸能受容の機会を拡大した。一方で芸能の受容者の主体的な活動により、都市の芸能興行の情報は拡散し、恒常的に興行がない在方においても、幅広い地域の歌舞伎・浄瑠璃を受容することが可能になった。こうした中、在方においては、近隣都市の興行を文化の規範とする意識が生まれ、都市の影響を受けつつ地域の歌舞伎文化が形成・展開された。歌舞伎文化の普及は、興行を催す側だけでなく、芸能を受容する人々の活動・認識と、それを基盤にした地域文化の形成によって支えられていたといえよう。注(1)西山松之助「江戸文化と地方文化」(『岩波講座日本歴史十三近世五』岩波書店、一九六四年)。(2)吉田伸之「「江戸」の普及」(『日本史研究』四〇四、一九九六年)。(3)神田由築『近世の芸能興行と地域社会』(東京大学出版会、一九九九年)。(4)神田由築「芸能興行の世界」(『日本の時代史十七近代の胎動』吉川弘文館、二〇〇三年)。(5)加納克己「人形浄瑠璃の地方展開│東海地方を中心とした地操りの歴史│」(『神戸女子大学古典芸能研究センター紀要』五、二〇一二年)。(6)安田徳子『地方芝居・地芝居研究│名古屋とその周辺│』(おうふう、二〇〇九年)。(7)守屋毅『三都』(柳原書店、一九八一年)。(8)木村涼「歌舞伎・文人と江戸社会│七代目市川団十郎を中心として│」(『関東近世史研究』六〇、二〇〇六年)。(9)川名登『河川水運の文化史│江戸文化と利根川文化圏│』(雄山閣出版、一九九三年)、杉仁『近世の地域と在村文化│技術と商品と風雅の交流│』(吉川弘文館、二〇〇一年)、高橋章則「狂歌が結ぶ「知」と地域│名古屋・仙台│」(『書物・出版と社会変容』六、二〇〇九年)。(10)工藤航平「幕末期江戸周辺における地域文化の自立」(『関東近世史研究』六五、二〇〇八年)。(11)青木美智男「地域文化の生成」(『岩波講座日本通史十五近世五』岩波書店、一九九五年)、同「地域の自覚│往来物と名所図会│」(『日本の時代史二十九日本