ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

水陸会における千手観音の役割に関する一考察(5)222また、儀軌の系統についてはおおよそ、①楊鍔や蘇軾の四川系儀軌、②史浩が金山寺の儀式をもとに編纂した儀軌、③志磐が新たに編纂し、?宏が重訂して以来現在に受け継がれる儀軌、の三系統があることが確認できた。こうした儀軌は、水陸会の次第、およびその中で用いる像について、何らかの規定を記すのであろうか。三、宋代の水陸会における礼拝像前章で水陸会儀軌の系統について整理した。その結果を考慮すれば、儀式全体の流れを確認する上では、全編を通して残る?宏本がある程度参考となるが、十一世紀後半の儀式を知る上で重要なのは、最も古い系統に属し、断片的な引用というかたちではあるが目にすることのできる、楊鍔の儀軌である。まずは?宏本によって儀式のあらましを確認しておこう。最初に、大穢迹金剛聖者(烏樞沙摩明王)をはじめとする諸神を奉請し、結界を張る。そして千手観音と毘盧遮那仏を道場へ啓請し、それぞれの力によって加持を施した水を、道場の至るところへ撒く。その後、四天を司る四人の使者を奉請し、水陸会の開催を発符させる。その上で上堂へ諸々の仏、尊法、菩薩、縁覚などの諸聖を奉請し、施食、供養した後に、下堂へ六道の群霊、三界の孤魂などを招請し、三宝に帰依せしめて施食、供養する。そして最後に、六道衆生のために法要を行い、その浄土往生を祈願する。以上がおおよその流れとなる。これに対して楊鍔本から得られる情報はきわめて少ないが、水陸会を開催する意義と開催にあたっての心構えを記す、「初入道場敘建水陸意」によれば儀式には「為道場」、「為法會」、「為供養」、「為法財」の四要素があるという)34(。またこの箇所の次に引かれる、「宣白召請上堂八位聖衆」、「宣白召請下堂八位聖凡」、には、招請する十六霊位の名称と招請に用いる文言を述べており、やはり招請と、招請した霊位に対する施食、供養が儀式の中心を占めたことが窺える。楊鍔本も?宏本も、道場内の配置や、そこで用いる像については一切記さない。ただし、先に挙げたように中和年中(八八一?八八四)に既に張南本が、水陸会で用いるための画像一式、合わせて百二十余幀を製作していることや、楊鍔本と招請霊位の名称や順序が一致する蘇軾の「水陸像賛」が残ることからも、水陸会においては古くからこれら多くの画像が招請霊位のよりしろとして用いられ、その前で施食や供養が行われたのであろう。そしてこれらの画像を架ける上では大きな壁面が必要とされたはずである。図1、2は近現代の内壇配置図であるが、楊鍔本の儀式もやはり、このような周囲に水陸画を掛け巡らせた空間の中で行われたと推察される。ところで、実際に台湾の智光禅寺で水陸会を調査している鎌田茂雄氏によれば、図1、2中心部の「普供」と記される部分には、儀式を進行する僧が向き合う「主壇」があり、そこには観音菩薩像が置かれていたという)35(。また、周耘氏が調査した江蘇省常州市の天寧禅寺では盧舎那仏、釈迦仏、阿弥陀仏の三尊が同じ位置に祀られていたという)36(。それでは楊鍔の頃の水陸会においてもこのように、いわば法会の「本尊」と言えるような像は置かれていたのであろうか。この点については、水陸会の功徳について述べる、楊鍔本の「後序」からいくらかの情報が得られる。この後序の後半部分は、法会を設ける場所と日にちの決定、及び法会の参加者とその心構えについて説く。その中に凡斎以控帯江山、依拠林薄為勝地、月望為佳日。先期三日、以浄水置仏前、画夜持呪、想水成甘露以洒法食、即三蔵也。臨壇宣文、典其仏事、即法師也。以音声属和、梵唄間作、即歌賛也。捧鑪対聖冥運願力、即檀越也)37(。とあるのである。まず斎会をおこなうには川や山に囲まれた、林の薄い勝地をもってし、佳日を選んでおこなうべきことが述べられた後に、「先期三日」(これが法会開始後の三日を指すものか、法会以前の三日を指すものかは不明。ただし現在では七日の儀式のうち最初の三日間は深夜に行なう)38()に仏前に浄水を置き、夜間に持呪してこの水が甘露となり、法食を清める様を観想する役割を担うのが