ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
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RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
WASEDA RILAS JOURNALと同一である?。12世紀半に記されたローマの巡礼ガイドブック『都市ローマの驚異』も、古代にはウェスタ神殿の地下に竜が住んでいたと伝える21。A版の著者はローマが竜の猛毒で危機に陥るきっかけとなった竜について指摘するため、ウェスタ神殿の巫女による竜への生贄について述べた22。B版では、シルウェステルが司祭3人と助祭2人を連れて、365段の階段を下り、フォルム同様、ローマ中心地であるカピトリヌス丘の下にある「あたかも冥府であるかのような場所(quasi ad infernum)」にある竜の洞窟へ向かう23。A版と異なり、B版では巫女を従えた魔術師が竜に生贄を与えた24。『都市ローマの驚異』以後、竜はフォルムの地下の洞窟に住むと記され、カピトリヌス丘がシルウェステル伝の歴史的・地誌的研究で重要性を帯びるのは19世紀以降である25。C版の竜退治に関する描写は、B版に依拠しており、差異がない。ポールカンプは、B版における竜の洞窟と「あたかも冥府であるかのような場所」の記述について考察した。9世紀以降、パラティヌス丘の斜面全体は「冥府(infernus)」と呼ばれ、『都市ローマの驚異』の著者もパラティヌス丘の辺りを「冥府」と呼んでいた26。また、「竜退治」で最後の審判の日まで閉じ込められる竜は『ヨハネの黙示録』(12: 1-9、20:1-3)で天使に1千年間鎖で繋がれた竜と対比される27。くわえて、シルウェステルが洞窟へ下りる行為は、キリストの「冥府降下」を連想させ、シルウェステル伝で洞窟へ下りる際に言及された鉄の扉は「冥府降下」における冥府の扉と共通するモティーフとなる28。シルウェステルと竜の戦いは異教によって危機にさらされたローマを救うための「降下」であり、「冥府降下」に着想を得たと考えられる。ツォメリゼによると、ウェスタ神殿などの地誌的異教伝承とキリスト教のイメージが混在する『シルウェステル伝』は12世紀のローマでよく知られており、ローマ教会はシルウェステル伝をローマの歴史を語る際に使用していた。新しいキリスト教的コンテクストにおいて、古代ローマの歴史と新しいキリスト教伝承の間に連続性を持たせながら、キリスト教へと変化した社会状況を理解させるために用いられたという29。作例ローマ周辺における「竜退治」の最も古い作例は、ローマ、エスクイリヌス丘に建つサンティ・シルヴェストロ・エ・マルティーノ・アイ・モンティ聖堂の壁画断片である(図3)。現在の壁画は損傷が激しく確認できないが、ヴィルペルトの水彩画では、正方形に近い画面左上部に“VBI S(AN)C(TV)S SILVEST(E)R ORE [LIGAT]DRACONE[...]”という銘文が認められる30。画面左には、剃髪、黄色のカズラとパリウムを身にまとったシルウェステルが腕を右に突き出し、竜の口を締める仕種をしているが、シルウェステル右側の竜は色褪せており全体像を確認できない。また画面右には、三角破風、2本の円柱、ニッチを備えた建築物が建つ。背景は上部が青色、下部が茶色に近い色であり、シルウェステルの後方には茶色の箱状のモティーフがある。同聖堂壁画は、教皇レオ4世(在位847-55)の治世に遡るとみなされたが、アンダローロは教皇ハドリアヌス1世(在位772-95)在位中、778-79年に制作年代を早める提案をした31。ヴィルペルトは同聖堂にシルウェステル伝サイクルが展開し、「竜退治」がその1場面であったととらえた32。しかし、ローマ周辺にシルウェステル伝サイクルが成立したのは、12世紀以降であった。「竜退治」が11世紀から13世紀に集中して表されたことを考慮すれば、エスクイリヌスの同図像は早い時期に描かれた例外的作例といえるだろう33。ポールカンプは画中の建築物がフォルムのウェスタ神殿を表すと判断し、同場面が『シルウェステル伝』A版を参照したとみなした。一方、ツォメリゼは、神殿が円形であり典拠には従っていないが、「冥府」と呼ばれる区域に建っていたサンタ・マリア・アンティクァ聖堂に類似すると述べた34。ローマ、サン・クリソーゴノ聖堂地下には、初期キリスト教時代のバシリカの遺構が残っており、身廊右壁に断片的な「竜退治」が現存する35 (図4)。断片中央、ダルマティカ、カズラ、パリウム、十字架模様のストラを身にまとうシルウェステルは左側の竜の口に両手で紐を巻き付けている。横顔で表された竜は口と目を大きく開き、歯も見せる。竜の左側には画面を区切る円柱、シルウェステルの右側には画面を区切る枠が描かれた。ブレンクによると、身廊右壁に展開した同場面やベネディクトゥス伝な32