ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNAL中央のキリストは荊冠を戴き、豪奢なローブを纏う。ユダヤ人や兵士がキリストを囃し立てる。キリストの左右にはラッパを吹くユダヤ人が配され、群衆にはキリストの肩を掴んで打擲しようとする者もあれば、シンバルを叩く者や竪笛を吹く者もある。キリストの足下には兵士が跪拝して愚弄する。筆者の知る限り、「嘲弄」は中期ビザンティンで描かれたことはなく、後期になって新たに創出された図像である。西端には「ゴルゴタへの道行き」が配される。キリストは首と両手に縄打たれ、兵士に連行される。ここでもユダヤ人や兵士がキリストを取り巻く。画面右ではキレネ人シモンがキリストの代わりに十字架を担いで人々を先導する。この「道行き」も、「ゲツセマネ」同様、後期で復活を遂げた図像である。南壁第2層から西壁第3層へは前後関係の乱れもなく、スムーズに連続している。「道行き」に隣接するのは「昇架」である。この図像も「嘲弄」と同じく後期に創出された新しい図像である。キリストは聖衣を?奪され、腰布一枚の姿で十字架に架けられた梯子を登る。右にはユダヤ人と兵士の群れが描かれている。十字架に最も近いユダヤ老人2人は図像的な類似から「尋問」に描かれていたカイアファとアンナスと推察される。彼らは手を突き出して十字架を指し示す。「昇架」には「磔刑」が続く。中央でキリストが磔にされている。十字架の横木に「栄光の王」と銘が付され、捨札には「イエス・キリスト」とある。十字架の上に涙を拭う一対の天使、横木の左右に太陽と月が配される。十字架の左では、福音書記者ヨハネがマリアの手を取って寄り添い、マリアは項垂れて悲しみを表す。十字架右のロンギノスは左手に槍を持ち、右手を挙げてキリストを見上げる。群衆の先頭のユダヤ老人は胸の前で右掌を拡げ、磔刑に伴う天変地異に驚く。西壁第3層から北壁第2層への連続もスムーズである。西端には「十字架降架」が置かれる。十字架に梯子をかけ、アリマタヤのヨセフが崩れ落ちるキリストを支える。キリストは目を閉じている。十字架の左下には4人の聖女が配され、先頭のマリアは頭を垂れ、変わり果てた息子の右手に頬を寄せる。背後に控える左の聖女は露出した髪を引っ張り、右の聖女は左手を頬に当てて悲しみを表す。十字架の右では、ヨハネが師の左手を押し戴いて頬を寄せる。その足下ではニコデモが片膝をつき、キリストの足に残る釘を抜こうとしている。「降架」には「墓エピタフィオス・トレノスの上での悲嘆」が続く。石棺の左側に腰かけたマリアは、キリストを膝に載せ、上体を深々と曲げて亡骸に頬を寄せる。ヨハネも腰を屈め、師の左手に頬を寄せる。ヨセフはキリストの足に口づける。彼らの背後で、ニコデモは左手を梯子に置き、右手を頬に当てて悲しみを表す。キリストの枕頭、左の聖女は両手を膝に腰かけ、自失の体で上方を眺める。中央の聖女は右手で髪を引き、左手を頬に当てて悲しみを表す。右の聖女は両腕を拡げて激しい悲嘆の身振りをとる。「トレノス」の右隣は「空の墓」である。中央の石棺に白衣の天使が腰かける。天使は左手に笏杖を持ち、右手で聖墳墓を携香女に指し示す。墓には帷子が脱ぎ捨てられている。墓前では番兵が折り重なるように眠る。画面左には3人の携香女が描かれる。左手に壺を持つ先頭の聖女は恐れをなして天使に背を向け、墓に振り向く。左の聖女は恐れる聖女に手を添えて寄り添う。東端を飾るのは「冥アナスタシス府降下」である。中央のキリストは左手に十字架状の杖を手にし、右手でアダムを救い上げる。足下には破砕された冥府の扉が転がり、ハデスが両腕を胸の前で組む。アダムの背後でエヴァが救いの手が差し伸べられるのを待つ。アダムの後ろにアベルが控えるが、この場面の常として他の義人たちは同定しがたい。画面右ではダヴィデとソロモンが石棺から立ち上がり、2人の間から洗礼者ヨハネが顔を覗かせる。キリスト伝サイクルの変容スヴェティ・ニコラのキリスト伝サイクルは、東壁第2層の「受胎告知」を起点に南壁第1層に続き、途中、時間的に前後するものの、時計回りに北壁の「ゲツセマネ」に至る。ここから南壁第2層、西壁第3層、北壁第3層と受難伝が続き、東壁第1層の「昇天」で終わる。つまり、観者の視線が堂内を時計回りに2周することで、物語が完結するプログラムを採っている?。単廊式の小聖堂ながらスヴェティ・ニコラのキリスト伝サイクルが多層で複雑であることを浮き彫りにするため、本章ではキリスト伝サイクルの変容を時代毎に観察する。それにはイコノクラスム以後のカッパドキアに遡る必要がある。イコノクラスム以46