ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNAL前に、しかし離して配する。ラザロの姉妹マルタとマリアを墓の近くに配する。死せるラザロを演じる俳優は墓の中、細紐に巻かれ、帷子に覆われる。……イエスは泣きながら墓に向う。イエスは言う。「その石をどかしなさい」。マルタ。「主よ、4日も経っておりますので、もう臭います」……。岩が取り除かれる。その時、イエスは高みを見上げて言う。「父よ、感謝します」。そして、大声で呼びかける。「ラザロよ、出てきなさい」。死者が結ばれて包まれたまま出てくる。イエスは言う。「ほどいて行かせてやりなさい」。すぐに預言者が宣言する。「シオンの娘に告げよ」。ラザロの復活、完33。『パスコン』が戯曲的性格を前面に押し出すのと対照的に、引用からは『神秘劇』が実際的なシナリオであることが分かるだろう。下表1は『神秘劇』の構成と受難伝図像の対応関係を示したものである。同書は、冒頭に舞台監督の心得を記した後、上引の「始まり」で幕を開け、「棕櫚の行進の始まり」「晩餐」「洗足」「裏切」「ペトロの否認」「ヘロデの嘲弄」「磔刑」「復活」「接触」の10部構成を採る。「棕櫚の行進の始まり」は先の分類では「入城」に、「接触」は「トマスの不信」に当たる。また、複数のエピソードにまたがる場面もあり、「裏切」は「ゲ表1:『受難の神秘劇』の構成部章題対応する受難伝図像1始まり「ラザロ」2棕櫚の行進の始まり「入城」3晩餐「晩餐」4洗足「洗足」5裏切「ゲツセマネ」「裏切」「カイアファ」6ペトロの否認「否認」「ピラト」7ヘロデの嘲弄─8磔刑「嘲弄」「道行き」「磔刑」「降架」「埋葬」9復活「空の墓」「女弟子への顕現」10接触「トマスの不信」ツセマネ」と「カイアファ」、「ペトロの否認」は「ピラト」、「磔刑」は「嘲弄」「道行き」「降架」「埋葬」、「復活」は「空の墓」と「女弟子への顕現」の内容を含む。『神秘劇』が示唆的なのは同書が先に列挙した受難伝図像を網羅する点である。上述の通り、受難伝はイコノクラスムを経て急速に発展したが、上表1で言うなれば、その発展はキリストの死を主題とする第8部「磔刑」の範囲内に留まる。しかし、『神秘劇』の構成が示すように、同書が成立した13世紀までに、受難伝の包含する範囲は「磔刑」前後の副次的なエピソードも加えて大幅に拡大されているのである。さらに、同書におけるエピソードの配列も非常に興味深い。ヨハネ福音書において「晩餐」は「洗足」に後続するが、同書では順序を入れ替えている。この前後関係の乱れは、先述のアギオス・ニコラオス・オルファノス聖堂だけでなく、後期の聖堂装飾で頻繁に見かける現象である。この混乱は、聖木曜日の朝課で、ルカ福音書の「晩餐」を読み上げた後に、ヨハネ福音書の「洗足」を朗読する、典礼の次第によるとされる。ボグダノスは同書の存在をビザンティンにおける聖史劇の上演の確かな証拠とし、いわゆる典礼劇としてではなく、教会の外で発展したものと推察する34。この推察が正しければ、『神秘劇』におけるエピソードの配列は、典礼が人々が抱くイメージの世界にまで深く影響を及ぼした証左ともなろう。結論:スヴェティ・ニコラのプログラム形成イコノクラスム前後の受難伝講話が「トレノス」図像やエレウサ型聖母子像の成立に寄与したことは先に述べた。ビザンティンにおいて、新しいイメージは常に文学で確立され、次いで美術に導入される35。この図式に照らせば、受難伝と大衆化は文学において新たな受難伝のイメージが確立したことを意味しないだろうか。確かに『パスコン』や『神秘劇』の上演記録はない。しかし、こうした文学史料の存在自体が、13世紀のビザンティン人が受難伝について前世紀より豊かなイメージを抱いていたことを物語る。文学の分野でイメージが確立したならば、後は美術の分野への導入が待たれるのみである。12世紀までのシンプルな十二大祭サイクルは、典礼や文学50