ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
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RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
WASEDA RILAS JOURNAL「ムラ」が存在したと考えている。その上で、中世の「ムラ」を経て現代につながる「ムラ」を見据えてこの一書をまとめている。氏は、すでに1978年に『日本中世農村史の研究』という名著を同じ岩波書店から刊行し、日本の中世社会における農村の歴史的な役割を解明した?。前著から約30数年を経て古代から現代にいたる日本の歴史の特質は「ムラ」を基軸に据えることによって明らかになることを提唱されるに至った。このように、大山喬平氏が中世農村から「ムラ」を抽出し、それを日本歴史全体に展開するに至ったのは、大山氏個人の卓抜した能力に因るものであることは言を俟たない。しかし、より根本的な問題として、1970年代から2010年代に至る日本とアジア、そして世界の状況の変化〈ムラの危機と再生〉が大山氏自身の思考を変化・発展させていったと私は考えている。以下その理由を明らかにしたい。Ⅰ土地に刻まれた歴史の記録日本では、明治維新以降、まず、イギリス、フランス、ドイツなどヨーロッパの国々の学問を導入し、これら先進国にあらゆる面で追いつくことを目標とした。「脱亜入欧」などという今では全く使われなくなったスローガンの下、多くの優秀な若者がヨーロッパに留学した。歴史研究もその例に漏れないが、特に中世史において、イギリス、フランス、ドイツにみられた封建制、荘園制、騎士団、そして中世都市に特別な関心が払われた。ヨーロッパと共通する封建社会を見出そうとする指向が強く、東アジアの水田農耕社会と西ヨーロッパの麦作・牧畜社会の相違に一応は配慮しながらも日欧の共通性の追究に研究者の情熱が注がれた?。特にフランス農村史と中世ドイツ都市史には多くの研究者が憧憬の念を抱いて学んだといっても過言ではない。大山喬平氏が1978年に刊行された『日本中世農村史の研究』はこのような日本的伝統の延長線上にあり、19世紀後半から20世紀にかけての研究動向が見事に集約されたものであった。実は、この書が刊行された1978年は、奇しくも日本の農村史研究にとって注目すべき年となった。それは、第五回地方史研究全国大会?という長野県で開催された学会において「圃場整備事業に対する宣言」が出されたことによる。以下、その全文を示す。*******************圃場整備事業に対する宣言政府が昭和38年度から全国的に施行している、農業構造改善を期しての圃場整備事業は、水田だけについてみても、昭和48年から同57年までの10年間に、およそ200万ヘクタールがその対象とされており、山間や狭小な耕地を除けば、全国水田の大半が耕地所有者の了解を持って整備の対象に予定されている。国の要請による農業経営の画期的改善を期しての生産の増大と能率化とは、期待すべきであるが、この事業の進展によって、耕地の微地形・土壌の深浅・地目と地番・地番境のあり方・道路・用水堰と水かかり・地字・遺跡・遺構・遺物・天然記念物・伝承と慣行・埋蔵文化財、等々は消滅ないし変貌し、いわば、土地に刻まれた過去の人々の苦心経営のあとは、ほとんど失われてしまうことになる。由来、わが国の歴史研究は、文献資料に偏倚して進められているが、それらの史料の僅少、また消滅している地域社会自体の性格と実態に顧み、個々の地域に刻まれている歴史の跡を調査研究し、精密な耕地の調査と残存文献史料とによる総合的研究によって、初めて地域社会の正しい姿の究明は可能となる。昭和44年以来、この新しい方法的考察を、わが国の歴史研究に確立すべく信濃史学会主唱のもとに、五回にわたって地方史研究全国大会を開催してきたが、今回、第五回大会に集まったわれわれは、圃場整備事業の実現に重大な関心をもち、これに関する記録調査に協力をおしまず、かつ、全国の歴史研究者にその重要性を訴えるとともに政府による左記事項の実現を切望し、宣言する。記一、今次の世紀的な圃場整備事業の実施にあたっては、地方公共団体は、必ず、耕地の微地形・土地の肥痩と深浅・地目と地番・地番境のありかた・道路・用水堰・地字・遺跡・遺構・遺物・天然記念物・伝承と慣行・埋蔵文化財、等々を、事前に調査して保存すること。一、前期調査記録に要する経費については、国並びに地方公共団体が必要予算を計上するよう義務づけること。一、圃場整備事業の際、作成したその地域の航空写真による計画図・土地台帳・字切図・国土調66