ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

果実と大地と共に表されることが多く、アンヌスやキリストの例にも示されてきた果物に注目すべきであろう。前述のように、アンヌスは様々な果物や花から成る冠を戴き、季節の豊かさを暗示する。またキリストの左右に置かれた柘榴は不死を象徴するとされる。「大地」と「四季」の組み合わせにより、季節の到来による実りが表されてきた。マグワイヤは、司祭ヨアンニス礼拝堂および聖ゲオルギオス聖堂の装飾に関し、次のような循環を見出した。すなわち収穫された最初の果実を感謝の証、および豊穣の願いとして神に捧げ、願いが通じれば、季節が巡ったのちに再び豊穣がもたらされる47。豊かな実りへの願いと結びついた、果物にまつわるこのような繰り返しも考えられるが、アレクサンドリアのフィロンは、それとは異なる循環に触れている。フィロンは1世紀に活躍したユダヤの思想家であるが、後世の教父らの著作にもその影響を見ることができる48。旧約聖書、創世記に関する彼の著作に、次のような一節が見られる。…すると大地は、あたかも長い間はらんで陣痛に苦しんでいたかのように、すべての種類の蒔かれたもの、ことごとくの木、さらに無数の種類の果実を生んだのである。だが果実は、ただ動物の餌であるばかりでなく、同種のものの絶えざる生成の備えでもある。つまり、果実は種子としてのあり方を内包しており、その中に木全体のロゴスがあって、初めはまだ隠れて見えない状態にあるが、やがて季節が巡って来ると現れ出て見えるようになるのである。それは、神が、自然に往復反転の過程をとらせ、種を不滅なものにし、永遠に与らせようとしたからである。そのために、神は、「初め」を導いて「終わり」へと至らせもすれば、また、「終わり」を「初め」に戻るようにもしたのである。じっさい、樹木から果実が生じるが、それがいわば「初め」から「終わり」に至る例に当たり、また、自らのうちに種子を含んでいる果実から今度は樹木が生じるが、これがいわば「終わり」から「初め」に至る例に相当するといってよいであろう49。天地創造の三日目、神は大地に命じ草や木を芽生えさせるが、上記の引用はその部分に関する解釈を述べたものである。種子を持った果実は初めを内包した終わりの姿であり、樹木を生じて終わりから初めへと転じることが語られる。フィロンは、その往復反転には季節の循環が影響する点にも触れ、さらに惑星が大気に働きかけて季節ごとの変化を引き起こし、地上のすべてのものを完成に導くと述べた50。大地とそれに働きかける四季、そしてその結果生み出される動植物という、フィロンの語る世界観は、大地と四季、そして動植物を表した床モザイクの作例を想起させる。その一例としてチュニジア、カルタゴの床モザイクを挙げることができよう(図10) 51。この作例の構成を描きとめた記録によれば、中央のメダイヨンには椅子のようなものに座り、コルヌコピアを左腕に抱えた人物が置かれている。この人物は大地もしくは豊穣の女神と解釈されてきた。その傍らには、この人物の方に片腕を伸ばす別の人物が表され、両者の周りには草花が見られる。その周囲には十二か月の擬人像が並び、それぞれの月を表す銘が添えられている。以上の部分が果物と葉からなるリースに囲まれ、さらにそれを囲む方形の四隅に四季の擬人像が銘と共に配され、その間を鳥と植物が満たしている。このモザイクの外側の部分は幅の広い帯状であり、中に草木と四つ足の獣を表す。大地や四季、動植物といった様々な作例に見られる要素が、このカルタゴの例において集約されている。フィロンが述べたのは大地を介し、果実に顕著に示される、自然における生と死の循環であった。一方、2世紀にアンティオキアの主教であったテオフィロス(181/188年歿)は、死者が生き返る証に関し、次のように語っている。しかしながら、神はこのことを信じるための証拠をあなたにたくさん見せているのである。というのも、もしよければ、季節や昼や夜の終わりを、すなわちそれらがどのようにして死に、そして復活するかということを考えてみなさい。また植物の種や実の復活、しかも人間の利益のために起こる復活というのもそうではないか。たとえば、麦粒や他の種粒を大地に蒔くと、まず死んで消えてしまうが、次には生き返って穂となるということが挙げられよう。また木や果物は神の命令により、人間にはそれとわからず、目に見えないものから季節に応じた111