ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
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RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
WASEDA RILAS JOURNAL挿図15《ナスタチウムと《ダンス》Ⅰ》1912年カンヴァスに油彩191.8×115.3cmメトロポリタン美術館挿図16《ナスタチウムと《ダンス》Ⅱ》1912年油彩/カンヴァス190.5×114.5cmプーシキン美術館エーション制作は画家の制作プロセスの結果論としてのみ成立していることに留意せねばならない52。これを踏まえて改めて二枚のアトリエ画に立ち返り、両作品の成立背景に着目すると、マティスは当初よりシチューキン邸の小部屋のための装飾画として制作を進めており、1900年代前半に見られたような新しい技術や素材への挑戦という実験的な意図ではなく、むしろ表現様式の発露の場、装飾画という「飾るための絵画」としてヴァリエーション作品を制作していた点が窺える。こうした意図は、両作品中に認められる特異な回顧展風の室内表象にも見ることができるだろう。アポリネールがマティスの対談で結論付けたとおり、マティスは常に対象から引き起こされる感覚を制作の動機として位置づけており、先に登場したクララ・マクチェスニーのインタビューにおいても、画家はこの「芸術理論」を展開している53。画家の感覚の変化が表現様式と直結するマティスの制作スタイルは、同時期に発生した主知主義的なキュビスムとは一線を画するものであると言えよう。確認したとおり、マティスが二作品において必ずしも制作当初から計画的に描き分けを行うことを念頭においていたかは定かではない。しかしながら、その不確定な制作態度こそがマティスの性質を特徴づけていると言える。例えばマティスは「画家のノート」において、塗り重ねは描くプロセスにおいて各色彩における関係性を熟慮する上では必要なものであり、時に絵画の主調色となっていた色彩を全面的に塗り替えることも厭わない旨を明らかにしている54。時間をかけて構成する色彩表現を重要視する態度を示す一方で、固有色を使用した彩色方法についても肯定的な意見を述べるなど、ある種一貫性を欠いた制作態度をとっていたことは看過できない55。マティスの制作態度の揺らぎは正に「穏健な」《桃色のアトリエ》と「ラディカルな」《赤いアトリエ》における、描くごとに移ろう画家の制作態度をも説明しうるものである。二作品には画中画という「メタ絵画」的なモチーフが散見されることは既に確認したとおりだが、その画中画が矩形の反復という側面から画面の平面性を強調するモダンアートの絵画原理を保証する一方で、同時にこうした観点では回収しきれない問題を提示していると言える56。すなわち、ここでは画家が同一テーマのヴァリエーションと言う制作スタイルによって、画家が描く際に喚起される感覚や制作態度の変化を自覚的に描くという自己省察的なイメージが提示されているのである。このイメージは、作品内の画中画においてより際立つものとなっている。二作品の画中には過去の「同一テーマのヴァリエーション」作品が登場している点は既に確認したとおりであるが、画家が各作品の制作時において描き分けた表象をそのまま画中画に転位させている。マティスはここで造形的な描き分けについて画中画において改めて言及するとと136