ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
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RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
WASEDA RILAS JOURNALじつは、上記五つの都市のアンケート調査で、「村上春樹の小説のどこが好きですか」という質問に対して、「癒しや慰め、救いを感じる」と回答した者が、突出して多かったわけではない。地域によって差があるが、「ストーリーがよい」「思想が深い」「雰囲気がクール」「会話や国道がおしゃれ」などの回答と肩を並べる程度である?。しかし、アンケートの自由回答やインタビューでは、孤独や虚無への共感とともに、「癒し」や「救い」に触れる者が少なくなかった。以下に挙げる例はその一部である。「独特の雰囲気があって、もしかしたらこの小説は自分のためだけに書かれたのではないかと思うほど心に響く。でも、どうすればよいかは教えてくれない。」(上海、アンケートの自由記述)「人の魂についての作品だと思う。ひとつの時空を築いて、自分自身を見せ、読ませてくれる。あるいは、わたしたちと共にあるものごとが存在することを教えてくれる。」(上海、アンケートの自由記述)「ストーリーは複雑ではないかもしれないが、作品全体が純粋な、窒息するような感覚を与える。いつのまにか主人公の気持ちに入り込み、同じ体験をしている。だから、本を閉じて現実に戻るたびに、水面に浮かび上がったような気がする。それに、ある種の癒しや慰めがある。」(北京、アンケートの自由記述)「彼の作品を読むと心が落ち着く。だから好きなんです。」(台北、台湾大学の学生へのインタビュー)「ほっとする。」(香港、アンケートの自由記述)翻訳が大きく異なるにもかかわらず、東アジアの村上春樹愛好者は、共通して作品に描かれた「孤独」や「虚無感」に共鳴し、同時に作品から「癒し」や「慰め」を感じ取っている。だとすれば、そこには、彼らにそういう読みを導く共通する心の状況があるとみるべきだろう。では、彼らは、村上春樹の作品のどのような部分の「孤独」や「虚無感」に共鳴し、どのような部分に「癒し」や「慰め」を感じるのだろう。そして、その背景には何があるのだろう。村上春樹自身の言葉に沿って具体的に見てみることにしよう。3.孤独の性質──村上春樹の場合村上春樹の作品が虚無感や孤独感に満ちていることは、すでに多くの論者によって指摘されている。何より、村上春樹自身が孤独な性格の人である。村上春樹は自分自身について次のように述べている。僕はチーム競技に向いた人間とは言えない。良くも悪くも、これは生まれつきのものだ。(中略)僕はどちらかというと一人でいることを好む性格である。いや、もう少し正確に表現するなら、一人でいることをそれほど苦痛としない性格である。『走ることについて語るときに僕の語ること』(文藝春秋、2007年)孤独好きというか、人と交わることが苦手なのである。村上春樹は、そんな彼にとって、小説を書くことは自分を癒す行為であるという。結局のところ、文章を書くのは自己療養の手段ではなく、自己療養へのささやかな試みに過ぎないからだ。『風の歌を聴け』小説を書くというのは(中略)多くの部分で自己治療的な行為であると僕は思います。『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』こうした思いの根底には、人はすべて傷つくものだ、孤独なものだ、という思いが横たわっている。小説という物語は、そうした自分を癒してくれる。だから、人は小説を、物語を必要とする。次のようなインタビューへの回答や、かれ自身の述懐が、そうした思いを端的に示している。人というのは、だれであろうと、どんな環境にあろうと、成長の過程においてそれぞれ自我を傷つけられ、損なわれていくものなんです。ただそのことに気がつかないだけで。(中略)小説というのは、元々が置き換え作業なのです、心的イメージを、物語のかたちに置き換えていく。〈村上春樹ロングインタビュー〉(『考える人』2010年夏号)146