ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
- ページ
- 156/316
このページは RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌 の電子ブックに掲載されている156ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。
このページは RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌 の電子ブックに掲載されている156ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。
RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
WASEDA RILAS JOURNAL文化が基本的に戦争時代の延長線上にあることが理解できる。例えば、中国の人民公社には、生産「大? (大隊)」「小? (小隊)」があった。職場での上司への報告を「? ? (彙報)」というように、日常生活の用語にも、軍隊の用語がたくさん入り込んでいた。文化大革命終結まで各地に防空壕がたくさん作られていたし、現在も若者に兵役や軍事訓練が義務付けられ、都市では折に触れて防空演習が行われている。(兵役・軍事訓練、防空演習は中国だけでなく、台湾や韓国でも行われている。広く東アジアにみられる現象と言ってよい。)アメリカでも、1950年代にアカ狩りが横行し、その後も、社会主義の拡大を防ぎ、アメリカ的な民主・自由を世界に広げることが正義だと信じられてきたのは、周知のとおりだ。日本も例外ではない。戦後、アメリカによってもたらされた、自由・平等・民主・平和と社会主義が社会の理想を形作った。総資本対総労働という言葉が象徴する、いわゆる55年体制下の文化状況には、その影が至る所に見いだせる。二元的な価値観が対立する文化状況が生まれていたといってよい。この時期の文化もやはり、動員する側の創作者と、動員される側の受容者(=大衆)ははっきりと分かれていた。そうした状況が大きく変化し始めるのは、冷戦が終結する頃からである。この時期になると、美術の世界では、美術館や展覧会を離れた、街角でのインスタレーションや、観衆を巻き込んでのパフォーマンスアートが出現する。演劇も劇場を離れて、野外やテントでの公演が始まり、演じる場所が舞台だけでなくなり、観客席から役者が登場するなど、観衆を巻き込んだ芝居が現れる。アニメ・マンガ・ライトノベルの世界でも、同人誌にみられるような、読者が二次創作などの形で創作に参与し、相互に鑑賞する活動が盛んになる。簡単に言えば、創作者(動員する側)と受容者(動員される側)の垣根が低くなり、受容者が同時に創作者であるような状況が生まれたということだ。中国では文化大革命の終結以降、こうした変化の助走が始まっていたといってよい。文化大革命終結後、改革開放が始まり、特に1980年代に入ると、世界中の思想、文化、文学、芸術の潮流が一気に流入し始める。前衛芸術や実験演劇の世界では、それが特に顕著にみられた。例えば、今や世界に認められる中国の現代アートは、官制の中国美術界からではなく、民間から始まった。文革終結直後に創設された美術団体星星画会がその代表例だ。中心メンバーには後に有名な芸術家や文学者となる黄鋭、曲磊磊、厳力、李爽、薄雲、艾未未たちがいた。彼らは1979年6月、中国美術館横の小さな公園で展覧会を始め、多くの観衆を集めた。現代の中国美術はそこから始まったといっても過言ではない。また、1980年代、北京の円明園には若い芸術家たちがたむろする「芸術家村」が生まれ、そこから多くの美術家が巣立っていった。彼らの一部は、ガリ版刷りで発行されていた詩や評論、小説を掲載する同人誌『今天』のメンバーでもあった。それまで、中国の雑誌はすべて文化部から「刊号」を得て出版社が刊行することが普通だった。体制から離れた雑誌の自主発行は、これまでの作者と読者の関係に大きな変化をもたらしたと言ってよい。この雑誌から多くの作家、詩人、劇作家が育ったことは周知の通りである。世界を驚かせた中国のドキュメンタリー映画の革新も、個人用ビデオカメラの普及から始まった。2003年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で大賞に輝いた9時間に及ぶドキュメンタリー「鉄西区」は、王兵が個人用ビデオカメラで、3年をかけて100万人の労働者を抱えた瀋陽の巨大な製鉄・金属工場区の崩壊を記録したものだ。上映されるすべての映画が、映画製作所からの申請を経て宣伝部の批准を受けることになっている中国では、まったく新しい映画製作の方法だった。演劇の世界でも、1982年に、後にノーベル文学賞を受賞した高行健の実験劇「絶対信号」が、林兆華の演出で上演されたのを皮切りに、小劇場や劇場以外の場所で観客を巻き込んだ新たな芝居が始まる。これまで観衆として動員される側でしかなかった人々が、自ら発信し、人々を動員するようになったのだ。こうした動員する側と動員される側の融合は、1990年代後半、あるいは21世紀を迎えるころ、インターネットの発達とともにさらに加速し、規模が拡大した。北京の798芸術区のように、かつて広大な工場だった場所などに、アトリエやギャラリーが集結し、中国で芸術家のコミュニティーが形成されるのも、この時期のことだ。演劇でも、2003年には中国人民芸術院が最新設備の実験劇場を建設し、前衛劇を含む新作劇を上演する場所を提供するに至って154