ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNALに一気に旋風を巻き起こした。もちろん、販売部数の面でも空前の大成功を収めた。「喪失の時代」というタイトルは作家が意欲的に手がけた青春の物語をやや陳腐な感情領域に嵌めてしまうという問題点はあるものの、少なくともイタリア語、スペイン語訳のタイトル「東京ブルス」から仄見えるオリエンタリズムの影からは離れていた。むしろ、このタイトルは村上春樹の初期小説に色濃く漂っていた喪失感が、言語や国籍は違っても同時代を生きる若者たちの感覚的な連帯を導きながら展開した「ハルキ現象」を先取りしていたといえるかもしれない。「ハルキ現象(the Murakami Phenomenon)」という言葉は、世界中いたるところで聞こえるようになったが、そのなかでも韓国はおそらく日本国外で最も早い段階で村上春樹の文学に賛同し、熱く反応した国であるはずだ。村上春樹の華々しい韓国上陸以後、1990年代からほぼ20年以上に渡り、日本の小説は韓国においてもっとも読まれている外国文学のひとつになっている。そういう意味で、村上春樹は過去20年間韓国における日本文学ブームの火付け役であり、また牽引役でもあったといえる。ところが、韓国において村上春樹は、日本や日本文化への帰属性がもっとも希薄な作家として受け止められてきたことは、もっと強調する必要があるだろう。植民地支配下にあった韓国で、日本文学の翻訳はほとんど存在しなかった。いや、存在し得なかったというべきだろう。日本文学が「外国文学」に衣を替えて韓国の小説読者に現れたのは、日本文学の翻訳が出始めた1960年からであり?、それ以後多くの韓国人たちは谷崎潤一郎の『痴人の愛』や川端康成の『雪国』をはじめて「日本文学」(=外国文学)として読んだ。そして西洋の読者たちがそうしたように、いわゆる「日本的」な小説が好まれた。これは日本文学作品をみる目に、いくぶん西洋から先行した観点が干渉しているということを伺わせている。しかし、韓国で村上春樹が読み出された背景からエキゾチシズムやオリエンタリズムの類を探すのは、徒労に近いことであろう。だからといって、日本や日本文化を知りたいがために、村上の小説のページをめくる人がいるとは、なおさら考えにくい。韓国人読者のなかで、村上春樹を日本文学の代表的な存在として認識している人は少数だろう。村上春樹の小説を好んで読む読者たちは、彼を通して「日本の小説」を読む自覚は比較的薄く、ただ自分が好きな「ハルキ小説」を読んでいるだけである。これはオーストラリアの村上春樹研究者であるレベッカ・スーターが指摘しているように、アメリカの多くの読者が村上春樹を「日本人作家」ではなく、ただ「作家」として見なしている?ことと似通っている。村上春樹は『ノルウェイの森』の成功とともに韓国のマスコミに頻繁にとりあげられたのだが、そのときからなぜか「ハルキ」という略称で呼ばれていた。日本人の人名を名字だけで呼ぶことはしばしばあるが、名のみで縮めて呼ぶことは極めて珍しい。もちろん親しみの込められた呼び方だろうが、それまでの習慣からはかけ離れている。とすると、「ハルキ」という呼び方は、村上春樹が日本的なコンテクストから切り離され、トランスナショナルな第三の地帯に招きいれられた初めての日本人作家であることを示す記号といえるだろう。こうしてみると、「ハルキ」は日本国籍をもつ作家として、初めて韓国の読者たちとの間でトランスナショナルな共鳴を生み出した特別な存在であることがわかる。ハルキ現象が頂点に達していた90年代に書かれたいくつかの村上春樹論には、「ポストモダン」「無国籍」といった言葉がよく目についた。つまり、韓国やアメリカの読者たちが村上春樹を「日本」というロカリティから切り離して受け入れたのは、とりもなおさず村上春樹の文学内部に存在する「日本離れ」という本質から起因するものであった。村上春樹はいまや世界性を勝ち得た数少ない日本人作家の一人といえるが、その「世界性」を担保するのは何よりも血統や国民性、民族文化に囚われない無国籍な感受性にほかならなく、それは韓国におけるハルキ熱風の土台にもなっている。2『ノルウェイの森』の四半世紀ハルキはほぼ四半世紀に渡り、韓国でもっとも注目される小説家として親しまれ、読まれてきた。その原因は何だろうか。これについては、社会的要因と文学的美質の両面から探らなければならないだろう。『ノルウェイの森』が紹介された1989年の韓国社会は政治的にも安定し、なによりも経済的な豊かさが実感できる時代に入っていた。特に高度成長が180