ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
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RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
原子力災害後の政策的線引きによるあつれきの生成24-25)。また、現在のいわき市に住み続けている住民も「私たちだってここ(いわき市)が安全だと思っているわけではない」?、「またいつ爆発するかわからない」?など、低線量被ばくへの恐怖や原発事故の再発に対する恐怖が継続している状況もある。ある男性は以下の様に語っている。「次々に爆発する原発に幼い子がいるわが家は家の中でただ震えていた。逃げようにも車にはガソリンがない。テレビからは被ばくしないための対策法が繰り返し流れていた。換気扇に目張りをして、家の中に外気が入るのを防ぐ、だが、食糧にも限りがあるし、水もでない。屋内退避はまさに兵糧攻めだった。室内遊びにあきた息子に公園へ行きたいとせがまれ、切ない気持になった。いわきはもうだめかな…」(いわき市海岸保全を考える会2011:69)。先述の通り2011年4月22日には上記の避難指示は解除され、多くの市民が市内へと帰還している。放射線被ばくを恐れる住民はいまなお市内外で避難生活を送っている。現在市外に避難しているいわき市民の数は7504人に上る?。いわき市が市外避難者を対象にしたアンケート調査では、59.3%が「いわき市に戻ることを検討している」と回答しているが、「いわき市へ戻るうえでの課題」として「原子力発電所の事故の収束」が76.3%、「放射線による健康への不安の解消」が78.4%を挙げ、原発事故の収束と放射能の除染が帰還の条件として挙げられている?。上記の経緯を整理すると、原発周辺住民の安全を守るために半径30kmを境に設定された避難指示は地域を〈安全─危険〉ラインで線引きをした。それによって30km圏外の地域は「安全」とみなされたのだが、実際には30km圏外に居住していた多数の住民が自主的に避難をした。それは放射能自体が目に見えないものであり、また放射能被ばくの被害も直ちに予測できないために、確証がないなかで諸個人がそれぞれリスク判断を行っていたからである。一度危険だと思ったら、その危険の呪縛から逃れることは非常に困難になり、放射能に対して非常にセンシティブに反応するのである。また、同じ放射線量に対しても個人によってリスク認知が異なる。避難指示の有無にかかわらず放射線被ばくに対する恐れを強く感じ取る人もおり、線量や原発からの距離では測れない精神的苦痛があるからこそ、現在も市内で低線量被ばくの恐怖を抱える人や実際に市外へ避難している人も少なくない。したがって、双葉郡の原発避難者と比較すれば避難期間は短期的ではあるものの、原発事故による被災はいわき市民にとっても集合的に共有された体験なのである。3.重層する多様な被災者意識以上のような複雑な被災状況に加え、双葉郡からの原発避難という異なる被災状況にある被災者が加わり、いわき市という空間的範囲のなかにより一層多様な被災状況が含まれている。図2はいわき市内に現在住んでいる居住者を、災害因および避難状況、所属自治体ごとに被災者の類型化をしたものである。現在、いわき市内には、行政・住民区分としては「いわき市民」(A)と避難者である「双葉郡住民」(B)とが居住している。災害による被害としては、大きく分けると地震や津波といった自然災害と原発事故という人為的災害に分かれる。「原発事故被災者」(C)は避難状況によって、「強制避難者」(G)、「強制的自主避難者」(H)、「自主避難者」(I)、そして避難できずに残った「残留被災者」(J)に分けることができる。そして自然災害による「地震被災者」(D)や「津波被災者」(E)、そしてこれらの被害による「風評被害被災者」(F)がある。いわき市に避難をしている双葉郡住民は、原発事故による「強制避難者」(G)が最も多く、それ以外は区域再編によって「強制的自主避難者」(H) ?となった住民である。それは、これまで「強制避難者」(G)だった人が区域再編により、強制的に自主避難者に変更され、「強制的自主避難者」(H)と化していくことを意味する。なぜなら避難指示が解除されたとしても、すぐに住民の帰還が進むわけではないからである。たとえば、全住民の7割以上がいわき市に集中して避難している広野町は2011年9月30日に「緊急時避難準備区域」から解除されたものの、実際に帰還をしたのは635人のみであり、広野町の実家といわき市内の避難先とを行き来しながら、避難生活を継続している住民が多くいる?。こうして強制避難が自主避難として塗りかえられていくことにより、徐々に強制的自主避難者が増加し、状況が更に複雑に変化していくのである。なお、双葉郡は原発事故による被害が前面に取り上げられていることから原発事故被災地域として周囲から認識されているが、同じ浜通りの沿岸地域で23