ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
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RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
WASEDA RILAS JOURNAL(28)285末尾で語り手自身の心情をやや詳しく言い換えている点を除けば、『色鳥』版に新たに足された事実内容はなく、用いられている語すらほぼ同様であるが、それでいて助詞や語順に細かい変更が加えられており、読点まで含めれば一行としてそのまま残された部分はない。小宮が「ほとんど旧態を止めない」としたとおりである。ここから容易に推測できるのは、漱石は十四年前にロンドンから書き送った文章について、加筆修正を行うよりは、それを見ながら、新たな文章として書き直したのであろう、ということである。筆者は未見ながら、『色鳥』版「倫敦消息」のまとまった「原稿」が現存するという事実)4(はその傍証たり得るかもしれない。では、なぜ漱石は「倫敦消息」についてこのように徹底した改筆、書き直しを行ったのか。この問いかけは、漱石に関しては特段の意味を持つだろう。全集の校異表を見ても明らかなように、漱石作品では原稿と新聞連載、単行本などテクスト間の異同がほぼ誤字の訂正や送り仮名等文字遣いの変更に留まっている。漱石は過去の自作に手を入れない作家だった。小宮豊隆も「解説」で「元来漱石は、自分が筆を下すまでの間は、書かうとする事を練りに練るが、それを書いてしまふや否や、もうそれを見向くのも厭だといふやうな作家であつた」し、「そんな事をして時間と精力とを費やすほどなら、自分は新しいものに手を著けるといふのが、漱石の主義であつた」と断定的に述べる。漱石自身の発言にそのような「主義」を表すものはないが、「倫敦消息」以外に大幅な改稿の例がないという事実そのものが、これを裏付けているだろう。ただし、そこからの小宮の説明はやや説得力を欠く。小宮は漱石が一九一五年(大正四)に読者に宛てた書簡から「今から回顧してみると芸術的な意味で全然書き直したいものが沢山あります。けれども其恥は芸術上の恥で徳義上の恥でないからまあ我慢してゐるのですあなたから色々云はれると甚だ勿体ない気がします」というくだりを引いて、「かういふ心持がたまたま「倫敦消息」に触発して、それまでの主義に反し、漱石をして斧削の挙に出でしめたものに相違ない」と理由を付けている。しかし、『色鳥』の構成と出版の経緯を見ると、いかにも不十分な感は否めない。『色鳥』は、編者(中村武羅夫であろう)の「後記」によれば「夏目漱石先生の全作中から、その最も代表的なものを選び、是を歴史的に編纂したもの」(「『色鳥』について│編者記)5(」)であり、「倫敦消息」や『カーライル博物館』、『一夜』と言った初期の小編から、『我ママ輩は猫である』「三」、『彼岸過迄』の「雨の降る日」、『心』から「先生と遺書」など長編の一部、さらに『思い出す事など』『硝子戸の中』といった随筆まで、執筆時期においても作品ジャンルにおいてもバランスの良い選択がなされているが、この中でわずかながらでも漱石による書き換えが認められるのは「倫敦消息」一編に限られている。もちろん『色鳥』出版の前年に書かれた『こころ』や同じ年に発表されたばかりの『硝子戸の中』は別にしても、小宮の推測にしたがって「全然書き直したいものが沢山あります」という漱石の「心持がたまたま」触発したのであれば、『猫』や、また平行して書かれた『カーライル博物館』、『一夜』などについてもいくらかの加筆修正が行われても良かったのではないか。さらに、『色鳥』編者は同じ後記において以下のように「倫敦消息」の収録について述べているが、改稿についての言及は一切ない。◎巻頭に収めた「倫敦消息」は、作者が英国に留学中、正岡子規に宛てゝ書いた通信で、雑誌「ホトトギス」(明治三十七ママ年)に載せられたものだが、その当時は一向人の注意を惹かなかつたし、且つ作者が何の集にも入つてゐない為め、未だ広く知らるゝに至らなかつた。今此久しく埋もれたる宝石を発掘して本書の巻頭に光彩を添ふるを得たのは、編者の深く喜びとするところである。もしこの後記の述べるとおり「広く知らるゝに至らなかつた」「久しく埋もれたる宝石」である「倫敦消息」を「発掘」することが編者の狙いであったならば、むしろ「ホトトギス」掲載の文章を(他の収録作品と同様に)そのまま、語句を変えずに採録するほうがその目的にはかなったはずである。ここから、『色鳥』版への改稿が編者よりも漱石自身の意思によるものである