ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
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RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌
漱石はなぜ「倫敦消息」を書き直したのか(27)286はじめに知られている通り、夏目漱石の「倫敦消息」には二つのヴァージョンがある。ひとつは一九〇一年(明治三十四)、「ホトトギス」第四巻第八号(五月発行)および第九号(六月発行)に掲載され、ひとつはそれから十四年後、一九一五年(大正四)に新潮社より刊行された文集『色鳥』に収められた。前者「ホトトギス」所収版はその年の四月九日、二十日、二十六日付で正岡子規と高浜虚子に宛てられた三通の書簡をほぼそのまま誌上に転じたもので)1(、その後虚子の編集した単行本『写生文集』(俳書堂、一九〇三)、さらに最初の全集の第一〇巻(「初期の文章及詩歌俳句」、一九一八)にも改稿なく収められた。一般に「倫敦消息」と言えば、この「ホトトギス」版を指す。一方、漱石自身の大幅な改筆を得た『色鳥』所収版は、一九九四年、新たな岩波版漱石全集に「ホトトギス」所収版と並べて収められるまで、一般の読者の眼からは長く遠ざけられることとなった。「天下後世の定本)2(」たることをめざし断簡零墨まで集めようとする岩波書店版「漱石全集」から漏れたことによって、その間『色鳥』版はいわば「外典」の立場にとどめ置かれたのである。ただし、二つの版がこのような布置に留まることが漱石の意志にかなっていたかどうかは別の問題である。たとえば漱石の高弟で最初の全集から編纂に加わった小宮豊隆は、「ホトトギス」版を収めた巻の「解説)3(」において、「(漱石は、)是(引用者注「ホトトギス」所収版)を昔のままの形で公けにする事を欲せず、その(一)を全然削除し、(二)と(三)とは保存するにはしたが、ほとんど旧態を止めないやうに、全体に大斧削を加へた」と述べている。「大斧削」というのは決して大げさではない。実際この『色鳥』版を「ホトトギス」版と突きあわせてみると、単に大幅な削除がなされているばかりか、次のように、同じ事柄を記しても文章のうえで細かな書き換えがなされていることがわかる。然しながら冬の夜のヒュー??風が吹く時にストーヴから烟りが逆戻りをして室の中が真黒に一面に燻るときや窓と戸の隙間から寒い風が遠慮なく這込んで股から腰のあたりがたまらなく冷たい時や板張の椅子が堅くつて疝気持の尻の様に痛くなるときや自分の着て居る着物が漸々変色して来るにつれて自分が段々下落する様な情ない心持のする時は何の為にこんな切り詰めた生活をするんだらうと思ふ事もある。(「ホトトギス」版)然し冬のヒュー??風が吹く晩に暖炉から烟が逆戻りをして室の中が一面真黒に燻る時や、窓と戸の隙間から其寒い風が遠慮なく這ひ込んで来て、股から腰のあたりを堪らなく冷たくする時や、板張の椅子が堅いので尻が疝気持見たやうに痛くなる時や、自分の着てゐる着物が漸々変色して来るにつれて、自分が段々下落する様な情ない心持になる時は、必竟何の為にこんな切り詰めた生活をするんだらうと自分で自分を疑つて見たくなる事もある。(『色鳥』版)漱石はなぜ「倫敦消息」を書き直したのか安藤文人WASEDA RILAS JOURNAL NO. 2 (2014. 10)Abstract