ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

六朝「三皇文」の編纂過程について(5)308この九篇は『洞神經』(『秘要』巻二十五・九裏?十裏)にも見え、そこでは「大字下篇符」と呼ばれている。「大字下篇符」は符形こそ欠落しているが、そこに見える神格名は『西城要訣』の第一から第九の九篇に対応している。高上名、召高上太和。食頃立形見至。天皇上名、召司命。青書一尺、清齋七日、著庭。食頃司命形見。可問吉凶。高天名、可召司録。太上名、可召司陰。帶此符、辟兵。皇天名、可召司危。赤書青著盛屋中。司危立至、可問吉凶。蒼天名、可召山神。書素五寸。以丹著室中。高皇名、可召河伯。著水中、河伯立至。可問水事。上帝名、可召天丞相。丹書黄著室中、立至。可問立身可否。天帝名、可召九天父母。丹書。問我後世及求願。帶此无疾傷。『洞神經』(『秘要』巻二十五・十表?裏)『西城要訣』の①?⑨の九篇と「大字下篇符」の神格名は、①の「高士太和」が「大字下篇符」では「高上太和」、⑥の「天神」が「大字下篇符」では「山神」、⑧の「大丞相」が「大字下篇符」では「天丞相」となっている点が異なるものの、同一の符を指すことは明らかであり、『西城要訣』所収の九十二篇の第一番目から第九番目までの九篇が「大字下篇符」と呼ばれていることがわかる。「大字下篇符」という名称が『西城要訣』編纂時にすでに存在していたのかは不明であり、「大字下篇符」の「下篇」という意味も定かではない。しかしながら、『西城要訣』の九十二篇の符が「三皇文」と「天文大字」であると考えられることを踏まえると、この「大字下篇符」と命名されている九篇こそが、『西城要訣』の九十二篇中の「天文大字」に相当するという可能性は高い。『西城要訣』所収の九十二篇を再編集した『洞神經』の「三皇文」は全て召喚対象の神格名のみを記しており、「大字下篇符」のように符に宿る神格名は記していない。また『抱朴子』に於いても召喚対象の神格名しか言及されていないことを踏まえると、六朝期の「三皇文」は、基本的に召喚対象のみを記したものであったと考えられる。以上から、『西城要訣』には九篇の「天文大字」と八十三篇の「三皇文」が掲載されている、と推測することができる。(二)『西城要訣』に於ける「三皇文」と三皇君『西城要訣』には西城王君の言葉として三皇への言及が見られる。仙人曰く、皇文は乃ち是れ三皇以前の鳥跡の始大章なるものなり。三皇業を安んずれば、則ち天和し地靜かに、陰陽を紀綱し、鬼神を維制し、萬精を伏辜し、身と倶に生ず。乃ち王母の玩貴する所、仙官の崇仰する所の眞寶文なるものなり。世に此の文を有つ者少し。之を有てば、泰玄仙都九老仙君、輒ち一直符を遣り、此の眞文を衛らしむ)16(。『西城要訣』(『妙精經』十六表)冒頭文によると、「三皇文」(「皇文」)は三皇の時代より古い、蒼頡が鳥跡を見て作った文字よりも古いものであるという)17(。蒼頡は黄帝の史官であるので、ここでいう三皇は伏羲や女?、神農等が配当される古の三帝王であるとも考えられるが、「三皇文」の起源を説いた後に三皇が職務に従事すれば安泰であると述べており、ここでいう三皇は天皇・地皇・人皇を指すのだろう。ここでは、三皇が「三皇文」を用いて世を治めることが言われているようだが、「三皇文」は西王母と仙官が所有するものであり)18(、地上の「三皇文」保有者に対して泰玄仙都九老仙君が神仙を派遣して「三皇文」を守ってくれるといい、西王母をはじめとした神格の名が三皇と合わせて挙げられている。前章で確認した通り、現存の『抱朴子』にはこのような言及は見えない。恐らく『抱朴子』編纂後、「三皇文」が流伝していく中でこのようなアイディアが考案されたのであろう。ただ次章で検討する『洞神經』の「三皇文」に