ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

荒川修作と21世紀の新しい価値の創造――日本、アジア、西洋を越えて――倒しないようにと、身体をきわめて注意深く動かし、移動してみれば、今見る風景は、先ほど見た風景と、まったく違ったものに見える。それは記憶のなかのなつかしい風景を呼び覚ましたり、あるいは、未来の景色を想像させるかもしれない。そこは、動いてみれば、違った諸相が現れるという具体的なかたちで、「景色の変容」、「風景の転換」、「価値の反転」を体験する場となっているのである。荒川は欧米の「精神」を主体としたモダニズムの社会、文化を、言説にすぎない病気とし、これに対し、「街や都市を『建築』することによって、『まったく今までの人や人間とは違った現象』を生み出すのだという(46)。「歴史的な病気で、治らないものが人間の世界にいっぱいありますよね。どうしてこんなに自分の命というものにおそれながら人を殺しちゃうんだろうとか、例をあげれば数限り無い相反する情熱が人間のなかにあるでしょう。あれを一掃するなんていうのは不可能だろうけれど、それに向かって一つの提言をすることは可能です。」(47)はなく、現在の私たちを魅了し、私たちの未来を照らす光として生き続けている。「わたしたちは、やがて未来の世代が構築するはずの思想のモデルや他の脱出路のために、わたしたちのユーモアが役立ってくれることを願っている。」(49)ユーモアも含めた荒川の難解な言説は私たちをおおいに惑わす。だが、日本とアメリカ、さらには東洋と西洋の境界を乗り超え、芸術・科学・哲学といったジャンルを横断し、生み出された「21世紀を起源」とする新しい価値の創造の提案に、私たちの未来を考えるヒントを見出すことができるように思われる。注(1)『荒川修作の軌跡―天命反転、その先へ』展(2014年5月12日―6月14日、早稲田大学會津八一記念博物館)。(2)拙論「荒川修作と日本―桜、徳川公から龍安寺まで」『荒川修作の軌跡―天命反転、その先へ』展カタログ、早稲田大学、2014年、44-51頁。荒川とマドリン・ギンズは、1995年、養老町の『天命反転地』のコンセプトを示した著作において、『建築―宿命反転の場アウシュヴィッツ―広島以降の建築的実験』(48)というタイトルを用いている。本書では、具体的にアウシュヴィッツや広島についてとくに詳しく触れられているわけでもないのに、わざわざ副題においてこれらが示されていることが唐突にさえ思われる。だが、西洋と東洋で20世紀に体験されたもっとも悲惨な悲劇がともに示され、両者を起点としていることに、荒川の活動の視点が凝縮されていると考えられる。すなわち、20世紀までの東洋も西洋も超えて、21世紀にはまったく新たな価値を創造しようとする意図が、ここで明確に示されているからである。荒川は、すべての既成の「価値の反転」を、そしてそこからはじまる「新たな価値の創造」を、当初から一貫してその活動をもって訴えてきた。それを大きく要約する言葉が「死なないため」であり、その具体的方法を、作品をもって提示し続けた。荒川自身の早すぎる「死」は、多くの荒川ファンを失望させたが、とはいえ、彼の主張と思想はその造形作品、建築作品、都市計画、著作において、死ぬこと(3)工藤順一『なつかしい未来の仕事荒川修作の仕事』、新曜社、1995年、199頁。(4)「インタビュー死なないために荒川修作」『水声通信』、水声社、2005年11月、31頁。(5)荒川修作+マドリン・ギンズ『死なないために』、三浦雅士訳、西武美術館編、リブロポート1988年;荒川修作+マドリン・ギンズ『死ぬのは法律違反です死に抗する建築21世紀への源流』、河本英夫+稲垣諭訳、春秋社、2007年。(6)高橋幸次「序論:空間を形成する―荒川修作のモティーフの諸相をたどる試み」『荒川修作の実験展―見る者がつくられる場』展カタログ、東京国立近代美術館・京都国立近代美術館、1991-92年、11頁。(7)『荒川修作の軌跡―天命反転、その先へ』展カタログ、註2と同書。出品番号5、6頁。(8)前掲書、作品番号5-14、6-15頁参照。図式絵画については、高橋幸次「序論:空間を形成する―荒川修作のモティーフの諸相をたどる試み」(註6と同論文)の解説に詳しい。(9)例えば、人間の身体から空間へと放射されるような多数の線描を表現した以下の作品が挙げられる。Oskar Schlemmer,Drawing of Man as Dancer, ca. 1921、図版につい109