ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

ページ
160/542

このページは RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌 の電子ブックに掲載されている160ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNAL物は舵を持ち、彼女の周りには魚や蛸、空想的な海の生き物が配されている。ギリシア語で海を表す「タラッサ(ΘΑΛΑCCΑ)」の銘が女性像の上方に示され、これが海の擬人像であることを見る者に伝える。この図を、寄進者らしき名を列挙した銘文が囲むが、そこに「海」という言葉は含まれていない。この銘文と海を表す図との組み合わせに関し、これまでにいくつかの解釈がなされてきた。本論文も、タラッサの図と銘文との結びつきを問うものである。5世紀後半から6世紀にかけ、古典的な擬人像は聖堂の床モザイク等に用いられた。マダバのタラッサもその一例である。ヨルダンの他の聖堂にも海にちなんだ擬人像が表されていたが、現在それらは完全な状態では残っていない(2)。聖使徒聖堂のモザイクは破損も少なく、イコノクラスム以前の美術を伝える貴重な例と言えよう。1.聖使徒聖堂マダバの南東部で発見された聖使徒聖堂には身廊と2つの側廊があり、北側に2つの礼拝堂が付属している(図2)。かつて聖堂の東側にあったとされる部屋の銘文により、この建物が聖使徒(十二使徒)に捧げられたこと、および578年に完成したことが明らかとなった(3)。身廊南側の装飾帯が失われているものの、モザイクの状態は良好であり、当初のプログラムを伝えていると思われる。以下、各部のモザイクを見てゆく。身廊の東と西にはアンフォラと鳥、動物や樹木を用いた装飾があり、南と北には柱間のモザイクが残る。北側の柱間には幾何学模様を用いた4つのパネルがあり、南側はわずかに残る部分から、鳥や鹿を表したパネルがあったと見られる。その内側を、アカンサスの葉で作られた渦が人物や鳥、動物や果物を内包する、いわゆるインハビテッド・スクロールの装飾帯が囲むが、南側の部分は失われている。この帯の内部を埋めるのは小鳥や花、果実を幾何学的に並べた文様である。「タラッサ」のメダイヨンはこの区画の中央に位置し、その直径は約2.2mである。2つの側廊には幾何学模様が使われており、北側では八角形、六角形、四角形、ひし形からなる文様が、南側では花を並べた線を交差させ、同心円と十字を組み合わせたモティーフを配した文様が用いられている。聖堂の北側で見つかった3つのパネルは2つの礼拝堂に当たる。果樹と動物、果物を配したパネルの礼拝堂が西にあり、これと隣接した第2の礼拝堂は、段差のある床に2つのパネルを持つ。西側には4本の果樹が四隅から中央に向かって伸び、その間に対の動物を配したモザイクがある。東側の少し高くなった床には、ひし形の中に木や果物を示した文様が全面にわたって配されている。2つの礼拝堂にはそれぞれ銘文がある。西側の礼拝堂には、主教ヨアンニスが命じ、同名の司祭ヨアンニスにより、この場のモザイクが制作されたとする銘文があり、東側の礼拝堂、果樹と動物のパネルの銘文は、この聖堂が聖使徒に捧げられたことを伝える。かつて聖堂の東側には3つの部屋があり、インハビテッド・スクロールで飾られた中央の部屋のモザイクに、聖使徒に捧げられたこの聖堂が578年に完成した旨を記した銘文があったとされる(4)。この聖堂において、最も注目を集めるのは身廊の中央に置かれた、海を表すメダイヨンであろう。この作例のように、ある独立したパネルを挿入した形式のモザイクはエンブレマとも呼ばれる。鳥や花から成るカーペット状の文様にはめ込まれた円の中に、水から上半身を出す女性が表され、その上方にはギリシア語で海を表す「タラッサ(ΘΑΛΑCCΑ)」の文字が示されている。正面観で表され、右手を胸の前で構え、体の左側に舵を抱えたタラッサの周囲を様々な海の生き物が囲む。このメダイヨンに関しては、当初の構想になく後に挿入されたという可能性も指摘された(5)。メダイヨンは、次の銘文で囲まれている。文はタラッサの頭上に始まり、終わる。主よ、天と地を創りし神よ、アナスタシオス、トマスそしてテオドラ、そしてモザイクを手掛けたサラマニオスに生命を与えたまえ(6)。寄進者らしき3名に加えてモザイク制作者の名が記され、また海を囲むよう配置された銘文でありながら、海に関する言葉を含まない点が、この銘文の特徴といえる(7)。このモザイクの研究において、タラッサの図と銘文の関係は天地創造の文脈から解釈されてきた。サレーとバガッティは、銘文が天と地、そして海に言及した詩編(145: 6)に着想を得たものとし、ド158