ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNAL礼を受けようと差異は生じない(38)。テルトゥリアヌスと活動の時期が重なると思われる、2世紀のサルディスの主教メリトンは、洗礼と海を直接結びつけた。もしあなたがもろもろの天体のバプテスマされるところを見たいなら、今直ぐに大洋に出てみなさい。わたしはそこであなたに不思議な光景をお見せしよう。広がる大海、果てしない海、未知の深淵、計り知られない大洋、清い水、太陽のバプテストリー、星星に輝きを加える場所、月の浴場を。そしてこれらがいかに神秘的に浸けられるかを、わたしから忠実に学びなさい(39)。メリトンによれば、太陽、月、星々は大洋に没し、再び上昇する。太陽は一旦水に浸って輝きを消すが、新たな太陽として再び昇り、月と星々もこれに従う。メリトンはこうした天体の動きを洗礼になぞらえ、水に身を浸すことの重要性を説いた。彼によれば太陽や月、星は巨大な洗礼槽である海に没し、生まれ変わって再び姿を現す。海に関連する、こうした記述に海水と淡水を区別する意識は見られず、どちらも浄化し生命を与える働きを持つと考えられていた様子が窺える。当時の感覚として、天地創造において生き物を生み出した水の聖性を受け継ぐ点では、どの水も同一と見られていたように思われる。水に生命力を見出し、またその水を、海の塩水や真水等の種類では区別しない感覚の表れと考えられるものに、オケアノスの図像がある。この図像は前述のテテュスと同様、海もしくは水を表し、水に関連する場所に多く用いられてきた。中でも動植物と一体化した姿で表されたオケアノスの作例に注目し、さらに考察を進めたい。4.オケアノス海から姿を現すテテュスの図像と類似するものに、オケアノスを表した作例がある。様々な魚、漁師や釣り人のいる海を背景に、オケアノスの頭部のみを表したモザイクは、北アフリカに多く残る(40)。浴場から出土した3世紀の作例では、頭に甲殻類の鋏と珊瑚の枝をつけたオケアノスが、口の両端から水を滴らせている(テメトラ出土、スース博物館、図7)。前述のように、多種多様な生き物をはらむ海の生命力は古来認識されており、オケアノスやテテュス、タラッサの図像をその表現ととらえることができる。しかし、これら海の主題には水を表す面もある。以下、オケアノスを題材とした美術作品を通じ、海もしくは水の、生命を生み出す表現を確認する。オケアノスとタラッサは、共に海を示す言葉でもある。先に引用したサルディスのメリトンは、太陽や月が没する様を洗礼に例えるにあたり、海に関わる様々な言葉を並べたが、その箇所を見る限り、大きな意味の違いは認められない(41)。図像の用い方に差異がないことに加え、こうした点からも、海と水を表す近似の存在と両者を見なし、考察を進めたい。オケアノスは陸地を取り巻く水の流れであり、すべての川、泉、湖はオケアノスの水を引くと考えられた。オケアノスは川の精たちの父であり、万物の生命の源とされていたため、しばしば水によって育つ動植物と一体化した姿でも表されてきた。大英博物館所蔵になる銀皿の中心に表されたオケアノスの頭部においては、髪から海豚が姿を覗かせ、オケアノスの顎鬚は葉の形をしている(4世紀、大英博物館、図8)。イングランド、ミルデンホールで発見されたこの大皿は、オケアノスの頭部の外側を海獣とネレイデスらが囲み、貝を並べた輪を隔ててバッカスやパン、ヘラクレスやマエナデスを配したものである(42)。北アフリカのヴィラで発見された、「年」の擬人像アンヌスと四季を表した床モザイクでは、各辺の中央にオケアノスの頭部が置かれ、その髯が伸びてアカンサスへと変わり、規則的な渦を巻いて全体を埋め尽くす(2-3世紀、エル・ジェム博物館、チュニジア、図9)。この表現は、季節の循環がもたらす豊穣に欠かせない要素としての水を示すと考えられる(43)。この頭部がオケアノスと判断されるのは、甲殻類の鋏が額にあるためである。同様の表現はイングランド、ウッドチェスターで見つかったオルフェウスのモザイク(4世紀)の装飾帯にも見られ、ここでもオケアノスの頭部が植物のスクロールの起点となっている(44)。さらに5-6世紀には、髪の毛や眉毛、髯をアカンサスで表した男性の顔を用いた柱頭が、コンスタンティノポリス等で用いられていた。海の生き物が共に表されないものの、植162