ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

ペルシアの写本挿絵における中国由来の岩山表現は遠近感の無い連続的な芝の描き方と異なっており、中国の影響であることが分かる。しかし、装飾が施された織物や陶器など、絵画以外からも影響を受けているためか、風景描写は実験的な段階で、成功しているとは言い難い。岩の描き方は、13世紀のメソポタミア様式の写本挿絵【図5】と異なり、太湖石のような穴と窪みを持ち、グラデーションを用いて立体感を増している。「二頭の鹿」【図6】の背景に描かれた岩山は、濃淡を用いて量感を出し、太湖石の穴を想起させるような楕円が輪郭近くに描かれている。奥行きが明らかに深まり、中国絵画で言う高遠のような効果を生み出している(22)。『古代民族年代記』【図7】に描かれた背景の岩山は、「二頭の鹿」【図6】と同様に、濃淡を用い、二重の輪郭で縁どられ、太湖石のような楕円モチーフを含んでいる。右手前には岩山と同様の濃淡と楕円モチーフを含んだ太湖石が置かれている。しかし、これらの岩の描写は、濃淡を用いても、「二頭の鹿」【図6】に描かれた岩山ほど巧みな量感では表現されていない。木の根によって演出された遠近感も、岩山の前後関係と不釣り合いで、岩山自体の奥行きも欠いている。全体的に人物像と背景とのバランスがとれておらず、風景描写というよりも、人物を囲む枠のような機能を示している。色彩は、後のペルシアの写本挿絵に見られるような明るい色に変わっている。「インドの山」【図8】は『集史』に含まれる挿絵で、ペルシアの挿絵において最初に風景だけを描いた作例である。「二頭の鹿」【図6】と同じような色で、様々な大きさの岩山を描いているため、中国の影響を受けていることは分かるが、中央奥に描かれた木の方が、手前に描かれた木々よりも大きく、魚や鳥と山のバランスも不調和である。山の輪郭線近くには渦巻き文様が描かれ、自然さを欠く。このような全体的なバランスの欠如は、風景だけを描いた本挿絵のみならず、他の『集史』の挿絵にも当てはまる。以上の比較から、タブリーズ様式の写本挿絵は、中国美術の影響を受けて風景描写を発達させたことが伺えるが、中国絵画のような遠近感や立体感は模倣を試みただけで取り入れられなかったことが分かる。シーラーズやイスファハーンなどの地方都市で制作された挿絵は、首都タブリーズほど顕著ではないが、霊芝雲、補子や帽子など中国由来のモチーフが描かれている点に、中国の影響が確認される。しかし、装飾的傾向が強く、背景も赤や金で塗られていることが多いことから、中国の影響を直接受けたのではなく、間接的に受けていると分かる。イランの地方都市では、モンゴル到来以前の影響を残す円錐形の山岳表現が見られるため(23)、タブリーズとその周辺で制作された写本挿絵との比較によって、タブリーズ様式に見られる遠近法や明暗法が中国美術の影響であることが一層明らかになる。「釘打ちされたザッハーク」【図9】には、上部に色鮮やかな霊芝雲が浮かび、左中央の人物は、補子を付けており、タブリーズ様式の写本挿絵と同様に中国の影響を示唆している(24)。しかし、「二頭の鹿」【図6】や「インドの山」【図8】で見られるような山の遠近感はない。「雌雄の馬」【図4】のように、2本の線を描くことで地面に奥行きを見せることもなく、地面に描かれた花や草は、『マカーマート』【図5】に見られるようなモンゴル以前の伝統に回帰した印象を受ける。「カイ・ホスローのパラディン」【図10】に見られる三角形の山は、8世紀~9世紀のベゼクリク石窟【図11】に似ている(25)。どちらの例でも二重の輪郭線を用い、異なる色で内側を塗っている。人物や動物の大きさとの協調性は保たれていないが、山の前後関係が重なりによって表現されている。全体的に遠近感がなく、中国の影響を受けているタブリーズ様式の山や木の描き方とは異なる。イル・ハーン朝期の写本挿絵は、首都と地方都市で中国美術の影響の度合いは異なるが、全体としては中国のモチーフ、遠近法や明暗法を取り入れ、挿絵の風景描写や人物表現を豊かにしたことが分かる。しかし、中国絵画における自然な画面の構成は、完全には取り入れられず、各々のモチーフは文様化されていった。2.ジャラーイル朝以降以上のように、イル・ハーン朝期に見られる岩山の表現は、中国美術の影響を受けている。次に、ジャラーイル朝期の作例における岩山の表現も引き続き中国の影響であることを確認した上で、特に顔面石のモチーフに注目したい。顔面石に注目することで、ペルシアの写本挿絵に定型化する岩肌の描き方が、中国絵画に由来していると明らかに分かる。185