ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNALジャラーイル朝期の岩山には、複雑な凹凸を含む多孔質の岩の描写が見られるようになり、作例によっては、そのような岩山のなかに顔面石が描かれている。中国絵画には人物像や動物像を想起させる岩山や石が描かれていることから、ペルシアの写本挿絵における顔面石のモチーフは、背景の岩山と共に中国から流入したと考えられる。しかし、顔面石が描かれた最も早い例はジャラーイル朝の写本挿絵であるため(26)、岩山も含め他の風景描写のモチーフである霊芝雲、土坡、枯れ木や太湖石が実験的に取り入れられたイル・ハーン朝期の作例が見られないのは不思議である。この点に関しては、単に作例が現存していないだけの可能性もあり、詳しくは分からない。イスラーム圏で一般に書家よりも低かった画家の地位がジャラーイル朝以降に上昇したこと、署名を入れる習慣が始まるなど、写本挿絵に対する価値観の変化が関与していると考えられる(27)。先述のように、モンゴル到来以前の岩山の描写が重なり合う三角形の山とすると、イル・ハーン朝期の「二頭の鹿」【図6】や『古代民族年代記』【図7】に描かれた岩山は、中国由来であることが分かる。ジャラーイル朝期の岩山も引き続き中国由来であることは、先行研究で既に指摘されている(28)。例えば、シュレーダーは、『カリーラとディムナ』【図12】と陸信忠「十六羅漢図(第十二那伽犀那尊者)」(南宋、相国寺)【図13】を比較し、両者の複雑な岩の構成が類似していることに言及している(29)。『カリーラとディムナ』の写本挿絵では、右側のライオンとその3匹の子ライオン、左側の牛とそれを導くジャッカルは、青と白の岩山の稜線と並び、画面にきれいな斜線を形成している。岩の凹凸や明暗が明確に表現され、イル・ハーン朝の写本挿絵と比べて動物像と背景の一体感も増している。この挿絵には、ライオンの右上と足元に太湖石が変形したような顔面石が描かれ、牛の背中近くにも、横向きの人の顔が描かれているほか、白い岩の凹凸も生き物めいて見える。この挿絵の岩山を、中国絵画を模倣して描いたとすると、同じく顔面石も中国由来であることが考えられる。岩山に顔や人物像を隠し絵のように潜ませるという手法が、中国由来であることは先行研究で指摘されているが(30)、未だに詳細な比較検討の余地があるという印象を受ける(31)。しかし、岩山の描写が中国由来であることからも、そこに含まれる顔面石の源流も中国由来と言えよう。先行研究の中で、顔面石の源流として可能性が指摘されているものは、①仏画に含まれる霊鷲山、②人物像が描かれた峰、③無数の生物が見出せる岩肌、④太湖石が挙げられる。鷲の頭の形をした岩山の例はペルシアの写本挿絵には見当たらないため、①の霊鷲山は定型化したとは考えられない。他のタイプはいずれもペルシアの写本挿絵に類似作例が見られるが、古典様式として定着したと見られるのは、③無数の生物が見出せる岩肌である。ジャラーイル朝期の写本挿絵を検討すると、この③の要素と④太湖石が同一視され、岩山の描き方として定型化していく様子が伺える。はじめに、峰の描き方を検討する。「ザールを巣に運ぶスィームルグ」【図14】では、右下から左上にかけて複雑な岩場が重なり、真ん中に高い山が描かれている。スィームルグがザールをエルブールズ山頂の巣に連れて行くこの場面では、2羽の雛が見える山があれば、情景を表すには十分であるが、わざわざ奥にもう1つの山を描いている。これ以降に描かれた同主題の挿絵【図1】【図2】には、左側の山とスィームルグの構図は継承されているが、中央の山は継承されていない。ジャラーイル朝の作例【図14】でしか中央の山が描かれていないのは、この時期の画家が中国山水画を目にし、主山の形態を模倣したためであろうと思われる。中国山水画における②人物像が描かれた峰は、バルトルシャイティスが『幻想の中世』のなかで、以下のように述べている。十世紀初頭の画家で、元代に高い評価を得た関同の作品では、〈人間-岩山〉が草木の繁った、入り組んだ急斜面のなかに堂々と突き立っている。それは、横向きの頭部をくっきりと浮かび上らせ、口を結び、虚ろな眼差しで、他を圧倒している。これは、磨崖の招待客を迎える「主山」である(32)。バルトルシャイティスが例に挙げた五代の画家関同と同じく、北宋の画家である郭煕の早春図【図15】にも、人間-岩山のモチーフが見られる。主山だけを見ると、合掌して叫ぶ横向きの人物像【図15-1】が現れている。関同と郭煕の主山に人物像が見られることは、ペルシアの顔面石と中国の山水画の関連性が想起される。「ザールを巣に運ぶスィー186