ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

ペルシアの写本挿絵における中国由来の岩山表現ムルグ」【図14】では、主山らしきものを描き込んだだけで、関同や郭煕に見られるように、人物像を表してはいないが、『ディーツ・アルバム(DiezAlbum)』(収集された書画が貼られた画帳。ベルリン国立図書館所蔵)の例【図16】では峰全体が人物の横顔のように見える。オケインは本挿絵と趙原の山水画【図17】の類似性【図16-1】【図17-1】を取り上げている(33)。岩山の丘陵を描くことにより外景を描くペルシアの写本挿絵における風景描写の常套手段は、中国絵画における岩山の描き方の影響を受けていると考えられる。しかし、関同や郭煕のような人間-岩山から成る②人物像が描かれた峰のモチーフは、ティムール朝以降のペルシアの写本挿絵にはあまり見られない。ペルシアの写本挿絵で頻繁に見られるのは、③無数の生物が見出せる岩肌のモチーフに近い。ペルシアの写本挿絵では、1つの峰全体に人物像を描く代わりに、岩山に無数の顔や目を想起させる岩肌が増殖していく。このモチーフも中国の山水画に見られることがバルトルシャイティスによって指摘されている。伝李山筆の山水図[十三世紀初頭]では、ゴツゴツとした岩が縦横に重畳し、人間、動物の顔が、景観の広がりにせり出すかのように、あらゆる角度から描かれている。それらの顔は霧の流れ、墨のたまりのようにも見えるが、しかし注意して見れば岩の混沌のなかに生き物が潜んでいるのに驚かされる。怪物を丸ごと飲みこまんとする流水の岸辺の岩礁にも獣顔が浮かび上がっている(34)。ここで述べられている、李山の山水図【図18】では、景観にせり出すかのような人間、動物の顔、岩礁の獣顔【図18-1】はまるで生きているかのようである。右下の岩【図18-2】も人物の頭のようにも見える。これらの岩は、あくまでも人物や動物のように見えるのであって、本当に人や動物を描く意図があったかどうか不確かとも言えるだろう。しかし、中国の画論、南斉の謝赫『古画品録』に書かれた画の六法の一つ「気韻生動」には、絵画に生命感を見出すことが述べられている。生命感を見出すことのできる絵画に、ペルシアの画家が人物や動物の姿を見出しても不思議ではなかろう。アラブ民族の宗教として始まったイスラームとは異なり、輪廻転生に近い思想を持っていたペルシアには(35)、こうした岩山が生き物のように見えた可能性もある。鬼神の顔もしくは人の骸骨のような鬼面皴【図19】、真向きの石面を鼻筋のように描く坡麻皴【図20】と言った山水画における岩の描き方が、ペルシアの挿絵画家には無数の顔と映ったと考えられる。ブレンドは、ペルシアの写本挿絵における岩の描き方が、中国絵画におけるnail-headやrat-tailの技法に由来している可能性に触れている(36)。ブレンドの示唆と③無数の生物を見出せる岩肌を合わせると、ジャラーイル朝以降に見られる多孔質の岩の描き方は、概して中国絵画における皴法の模倣を試みたもので、その中でも鬼面皴や坡麻皴などが顔面石のモチーフに影響を与えたと考え得る。同じく太湖石も、顔面石のモチーフと成り得た。ヤマンラールは『サライ・アルバム』には太湖石のモチーフが顔面石に取って代わる様子が分かると記している(37)。オケインは、庭園に置かれる太湖石を動物に見立てる鑑賞法に言及している(38)。中国には、蘇州の獅子林のように、庭園に置いた太湖石を生き物に見立てて鑑賞する方法があり、絵画にも動物の姿をした太湖石が描かれている例があることから(39)、太湖石と顔面石の深いつながりが考えられる。③無数の生物が見出せる岩肌と④太湖石は、一体となってペルシアの写本挿絵における岩山描写に定型化した。『古代民族年代記』【図7】や「イスファンディヤールの狼退治」【図21】では、背景の岩山と太湖石が同じ手法で描かれており、岩山と太湖石のモチーフが、岩として同一視されていく様子を伺うことができる。これは、ジャラーイル朝以後のペルシアの写本挿絵で、山の表面に太湖石のような凹凸を含む多孔質の岩が描かれるようになる前兆と見ることができよう。こうして一体化した岩の描き方は、ペルシアの写本挿絵における岩山の描写に定型化した。古典様式とされるバーイスングルの写本挿絵【図22】の岩山は、模本としたジャラーイル朝の挿絵【図21】のような写実性は欠け、文様化が進んでいる。しかし、初期のペルシアの写本挿絵や、アラブ写本にない岩の凹凸や明暗は、明らかに中国絵画の影響を受け発達したものであり、ペルシアの写本挿絵における古典様式は中国絵画の影響の延長にあることが伺える。こうして流入した中国由来の187