ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

東アジアの「文」と書物からみる人文学の形成入し、大学の教科書として北京に届けさせていたことが、北京大学?案館に保存されている?案資料から知ることができます(9)。なお、当時編纂された『京師大学堂講義』というテキストがありますが、心理学のほか、万国史の講義を服部宇之吉が担当していることにも注意を向けたいと思います(10)。また、二十世紀初頭の、東アジアにおける書物と学問の様子を示すものとして興味深い資料があります。それは、1910年に編纂された『大学堂図書館図書草目』(北京大学図書館蔵、X/012/4796)の分類で、全四冊の書籍目録のうち、中文図書を著録する三冊が、伝統的な経・史・子・集の四部分類を基本として分類がなされているのに対し、「日本文図書」の目録にあてられた第四冊目のみは分類方法を異にし、歴史、地理、教科書、教育に始まる「近代的な」分類になっているのです。日本文図書に対してのみ、新しい分類概念が用いられていることは、1910年当時の中日の書物や学問の状況の相違を端的に反映していると思われます。京師大学堂は、1912年に北京大学校と改称しますが、実はその後も1935年に至るまで、図書の分類方法が定まりません。それに対して、北京大学のもう一方の前身である、燕京大学は状況が異なります。アメリカ人宣教師の息子、レイトン・スチュワート(John Leighton Stuart)を校長として創建された燕京大学は、ハーバード・燕京学社の資金を得つつ、充実した図書館を備えるようになります。そして燕京大学では、1931年にハーバード燕京図書館と共同して、いち早く「中文図書分類法」を制定採用します。また、燕京大学図書館では、積極的に日本の公立図書館、大学図書館の状況を調査し、盛んに情報を収集していたことが、当時の図書館報などから知られます。さて、その「中文図書分類法」は、中国の方法を経糸とし、西洋の方法を緯糸としたものだということで、その分類法は「経学」「史学」に始まる伝統の四部分類の面影を残しつつ、哲学宗教、語言文学、美術といった新たな領域概念を併存する構成となっています。▽燕京哈仏大学図書館中文図書分類法(11)100-999経学類1000-1999哲学宗教類2000-3999史地類4000-4999社会科学類5000-5999語言文学類6000-6999美術類7000-7999自然科学類8000-8999農林工藝類9000-9999叢書、目録類そしていま注目したいのは、この分類法には、「社会科学」「自然科学」という分類はたてられているものの「人文学(あるいは人文科学)」という分類はないことです。前近代の中国及び東アジアに展開していた、包括的、総合的な「文」の学知の世界は、その体系が解体され、書物はそれぞれ、哲学・史学・文学など、「近い」分野を選んで分配されたわけで、当然そこには、概念のずれや不一致や居心地の悪さが抱え込まれてしまいました。そしてそうした「ずれ」や「不一致」は、今に至るまで東アジアにおける人文学研究の問題としてあり続けている、ということではないかと思います。しかしいま、私達はもうすでに、四部分類の旧体系に戻るわけにはいきません。それではどうすればよいのか、と考える時、当たり前のことではありますが、やはり、これまでの学術と文化の歴史を常に振り返り、理解を進めること、そして、地域や領域をこえて広い視野から学術・文化の現状と意義を繰り返し追究していくことが重要なのではないかと思います。そうした点で、本日のシンポジウムは、安酸氏のお話にもあったように、西洋と東洋の別を超えて語ろうという、たいへん意義深い設定であったと思います。近年、国際シンポジウムが盛んに行われていますが、国内においてもヨーロッパと東アジア、それぞれを専門とする研究者が一堂に会して議論することはまだまだ多くありません。しかし例えば、逸見氏が研究されている『百科全書』には中国に関する記述もあるとのことで、既に注目されていることではありますが、今後は、ヨーロッパから東アジアへ、という方向だけではなく、西洋と東洋、双方向の学術文化の伝播にも、これまで以上に関心が向けられるべきではないかと思います。また、今回はあまり話題となりませんでしたが、日中以外の、韓国や台湾といった東アジアの他地域も含めて人文学を捉えていくことなど、国際的、学際的な学術交流を盛んに行うことが可能となった今こそ、新たな視点と方法による学問の新機軸を打ち出していけるのではないかと予感します。273