ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNAL及し、そこまで研究ができるようにすることを目指してきました。日本の学問はそうして発展してきたわけです。科学ジャーナリストでネイチャー・ダイジェストの実質的な編集長だった松尾義之さんの『日本語の科学が世界を変える』(筑摩選書、2014年)でも、益川さんの意見と同じように、近年ノーベル賞受賞者を量産する日本の科学研究に世界が注目し、自国語(すなわち他者の言葉ではない自らの言葉)で学問を究めていくことが改めて評価されているということを知りました。つまり、《人文学》のみならず《自然科学》でも、潮流にのって英語で学問をし、書くことより、自ら現物に触れ、自らの言葉で地道に持続して思考を深めていくことが重要だということでしょうか。そして今日では、それに加えて、世界に広がる他者の認識を認識するために、外国語の力が求められるということでしょうか。研究者の負担は増えるばかりですが、今日、あり得べき《人文学》の姿を考えるなら、これら二つ要素を克服することが避けられないということなのかもしれません。《人文学》の本質をめぐる議論はそんなことを考えさせてくれます。2.「人文学(フマニタス)」と臨場感次に、「人文学(フマニタス)」と「人文科学(スキエンティア)」をめぐる議論では、なぜ《人文学》が必要なのかを考えさせられました。思い出したのは、デカルトとヴィーコのことです。普遍数学に基づき、具体的な場面に囚われない、論理的で普遍的な学問(クリティカ)を目指したデカルトに対し、ヴィーコは修辞学に基づいて、その場の議論に即して展開される学問(トピカ)を目指しました。すなわち、状況に応じて臨機応変な対応を可能にする知を提供しようとする学問です。形式論理で武装された体系的な学問とは異なる、世間知に近いようなものと言った方が分かりやすいかもしれません。いわば、「人文科学(スキエンティア)」と「人文学(フマニタス)」の違いです。しかし、論理的に導かれる数学の「眞」や、実験の再起性によって導かれる自然科学の「眞」と異なり、人文学の「眞」が蓋然性(真実らしさ)、言い換えればある種の「良識」、「多くの人が納得する共通感覚」にほかならないことを考えれば、ヴィーコの考え方は《人文学》にこそ相応しいと言えるのではないでしょうか。人はいつも、暗い森の中を彷徨するように、先の見えない現実を進んでゆかねばなりません。事態の全貌を把握できない闇の中で、わたしたちは次から次へと問題に直面し、その都度ぎりぎりの判断を求められます。一つひとつの局面で、自分のいる場に即して考察するほかないのです。――そのとき、わたしたちの足下を照らす松明となり、判断のヒントを与えてくれるものが学問なのだ――わたしには、ヴィーコがそう言っているように聞こえます。外側からではなく、現場に寄り添いながら考えるそのようなものの見方を、わたしは「内部観測」と呼んでいます。暗闇の森の中でものごとを決断するヒントは「内部観測」からしか生まれてきません。ただ、重要なことは、ヴィーコによって導かれる思考のその先にあります。わたしは、研究はどのようなものであれ「臨場感」が大切だと考えています。どんな遙かな古代のことでも、遠く離れた宇宙のことでも、その研究はどこかで今の自分と繋がっている――そんな感覚が必要だと思うのです。そのことは、一介の日本人であるわたしがなぜ中国の文学や文化を研究するのか、ということとも密接に繋がっています。わたしにとって、人間形成としての「人文学(フマニタス)」はそうした生涯にわたる問題として立ち現れてきます。そして、今日、そうした視座が世界の研究を繋ぐものになり得るのではないか、と思うのです。学術界でわたしの最も親しい友人は日本人ではありません。一人は上海に、もう一人は香港にいる中国人(華人)です。上海の友人は中国における文化研究(カルチュラルスタディーズ)の泰斗で、「人文精神の危機」を提唱した人物です。近年は、不動産広告の研究などを手がけてきました。1980年代に誕生した中国の不動産業はその後急速に発展し、建国以来中国最大の工業都市だった上海は、今や中国最大の金融・経済基地に姿を変え、不動産事業の中心地になっています。そこで売られるマンションは、「ローマの庭園」「モンマルトルの丘」など世界の名勝の名が付けられ、「この不動産があなたの夢を叶え、ステイタスを保証する」と、人々の欲望をかき立てます。友人は、不動産広告から、中国の人々の間に広がるそうした新たなイデオロギーを読み解こうとします。彼にとって文化研究は、社会批判の282