ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

ページ
356/542

このページは RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌 の電子ブックに掲載されている356ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNAL日付を有した経論を記した解案の後に、章疏類の書目が貼り継がれたものである(【表】「華厳宗布施法定文案」記載経論・章疏を参照)。注意すべきは、ここにみられる講読担当の経論や章疏類の性格である。経論の部分には40部が記載されているが、その冒頭には旧訳の『華厳経』、次に新訳本、以降には『華厳経』を構成する諸品の別訳(別生経)が、ほぼ開元釈教録の掲載順に配列されている。しかしそこには、『如来蔵経』(【表】26)『不増不減経』(【表】28)『金剛三昧経』(【表】29)や『大乗起信論』(【表】36・37)『法界無差別論』(【表】38)『入大乗論』(【表】39)『三无性論』(【表】40)などの経論もみられた。これらは、旧訳『華厳経』性起品の論理から派生した「如来蔵思想」(高崎83・松本89初出86)の教説を説く経・論である。これらが『華厳経』系経典と共に、一括して華厳宗の講読担当経典として配置されている。また、そこには『十地経論』(【表】34)『入楞伽経』(【表】22)もみられた。『十地経論』は唐華厳宗の源流となった地論宗(地論学派)が主たる研究対象とした世親の論典で、『華厳経』の一部である『十地経』を瑜伽行派の立場から注釈したものとされ、『入楞伽経』は、如来蔵思想と唯識思想とを融合を試みた経典で、地論宗以前に成立し、それらに影響を与えたものとされている(青木10)。つまり、花厳宗の講読対象とされた経論の配置の特徴は、『華厳経』(およびその別生経類)を中心としながらも、それらと、如来蔵系・楞伽経系の思想内容を持つものとがほぼ一体となって構成されている。この点は、章疏44部の記載内容からも明瞭に確認できる。そこには、一連の新旧『華厳経』の疏の他に、『大乗起信論疏』(【表】56 ~ 58、61 ~ 63)や、『如来蔵経疏』(【表】53)『金剛三昧論』(【表】64)『不増不減経疏』(【表】54)などが配置されていた。これらはいずれも如来蔵系の経論の注釈書である。また、『五門十地実相論』(【表】66)は、『十地経論』の注釈とみられるが、地論宗南道派との密接な関係が指摘されている(石井96 a、青木10)。さらに、やはり『楞伽経』の疏も多い(【表】46 ~ 52)。章疏部には、これら如来蔵系・楞伽系の疏が『華厳経』の疏とならんで華厳宗の講読対象とされていた。なお章疏部では、唐華厳宗を大成した法蔵の著作が多くみられるのは言うまでもないが、それのみならず、新羅元暁の著作も多い点が重要である(【表】44・46・54・62 ~ 64・67 ~ 69・71)。もちろん法蔵も元暁の教学を高く評価している。しかし、唐華厳宗を大成した法蔵の場合、あくまでも至上の地位にあるのは「円教」とされた『華厳経』であった。これに対し、「和諍」を主唱した元暁は、『大乗起信論』や『如来蔵経』『金剛三昧経』などの如来蔵系の経論と『華厳経』とをほぼ同等に評価している。また彼が63『起信論別記』で説く唯識説は、『四巻楞伽経』『十巻楞伽経』によるところが大きいと指摘されている(石井96b)。このように元暁の学説は、法蔵の大成した唐華厳宗とは教学理解を異にする部分がある。南都六宗の筆頭である日本の花厳宗の場合、購読対象として選定された経論・章?類は、上記したように華厳系と如来蔵系・地論系・楞伽系のものが一括されているので、その教学的特徴は、法蔵のものを踏まえつつも、実質的にはむしろ、新羅元暁の論理に近い形になっているといえよう。また花厳宗担当の章疏類には、元暁の撰述書の他にも、大行(【表】60)・表員(【表】79)など新羅出身の学僧の著述もみえる。このうち79表員撰『華厳経文義要決(問答)』は、地論宗南道派に密接する内容だとされる(石井96a)。なお、新羅の学僧らの章疏類を重視したのは、花厳宗の場合だけではない。法性宗は、「法性」の論理を軸に、花厳宗とも密接に関わる『勝鬘経』『大集経』などの如来蔵系・地論宗南道派が重視した経典(石井96a・b)や、大量の瑜伽行派(唯識)の論典、また『最勝王経』『法華経』などの護国経典、さらに多数の雑密系経典、およびそれらに関する章疏類の講読を担当する宗である。その章疏部には、やはり元暁の疏がいくつも確認できるが、他にも円測・勝荘・璟興といった新羅学僧の撰述書も多く含まれていた。3.日本古代の「知」の源泉と新羅-将来経典の入手経路-古代国家は、一切経の書写とともに、南都六宗の整備事業に活用するため、天平勝宝三年ごろまでに寺院や僧尼の経典所蔵状況を集中的に調査し、それらを本経として借用している(中林13a)。南都六宗で講読を分担すべき経典類は、その過程で書写・整備されていった。その際には、とりわけ、各宗の354