ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNALて、自由でスピード感のある、雑多でにぎやかな読書空間を作っている。「明暗」の時代になると、漱石は、ドストエフスキイに興味を覚え、でもそれはもちろんロシア語で読む、なんてことではなくて、森田草平にドイツ語訳を借りて読んでいます。こういった、個人を超え、言語・国の違いを超えた《読書》のなかに、アンドレーエフの読書もあって、またそれらは作品の背骨にはならなくとも、濃密な空気として作品に焚き込められていて、言わば、ロシアその他の世紀末的作品の空気によって作品が燻蒸され、それが作品にある種の匂いをつけ、その匂いを嗅ぎあてた映画監督・森田芳光が、その匂いを映像化したのが、冒頭に述べました電車の場面ではないか、そのように思います。漱石――世界文学さて、その後大正期には、研究分野としての外国文学、各国別の文学研究というものが成立し、専門化・専門分化の方向に進み、研究上は、英語で英文学を読む、ドイツ語でドイツ文学を読む、ロシア語でロシア文学を読む、ドイツ文学作品はドイツ語から翻訳する、ロシア文学はロシア語から翻訳する、イプセンはやはりノルウェー語から訳すという方向に世の中は進みます。わが早稲田大学の露文科、ロシア文学科は大正9年に設立されます。それは、19世紀以降のヨーロッパの民族・言語別の国民文学の成立という流れを追いかけるかたちで、わが国の高等教育や出版・読書の世界で定着し、大正期から昭和の戦後期に至って自明のこととなります。しかし、19世紀ヨーロッパ発の国民別の文化・文学の概念を前提とした研究には限界が見えている21世紀の今日、もちろん、研究者のレベルでは、ロシア語ならロシア語で作品を読解できる力を持っていないことには話にならないことは変わらないはずですが、さきほど述べたような100年ほど前の情報化の進展とは比べものにならない、桁外れの地球規模の情報化の進展のなかで、漱石の作品は日本人が、あるいは、外国人でもせめて日本語を学んだ者が日本語で読まなければ、ともに語るに足りない、というような時代は、もちろんとっくに過ぎていて、ロシア語訳でСосэкиの≪Затем≫を読んだ人と、韓国語訳で「それから」を読んだ人が、共通で話せる英語で「それから」を論じている、というような場面に、日本人としては、無関心ではいられない。むしろ、そういうまったく異なった文化的背景を持つ読み手による読みが交錯するような場以外に、100年前の漱石作品の新しい意義は、もしかすると見出し得ないだろうということではないでしょうか。奇しくも、このシンポジウムの案内が、今週火曜日(2015年5月12日)の朝日新聞夕刊に載った際、同じ文芸・批評欄のトップに、翻訳小説についての記事が載っていましたが、その記事にはつぎのような見出しが付けられていました。「何語かにかかわらず、文学は世界文学である」(記事中の西成彦氏の発言から取られたもの)。当たり前と言えば当たり前のこの言葉を、100年前の漱石の周辺に思いを巡らせつつ、あらためて噛みしめてみようではありませんか、ということを申し上げたところで、このシンポジウムの午前の部は「漱石へのアプローチ」ということですので、その役割の一部を果たしたということにさせていただければ幸いです。注(1)藤井省三『ロシアの影夏目漱石と魯迅』平凡社(平凡社選書)1985年(2)小平武「漱石とアンドレーエフ――『それから』の不安の描法」(『えうゐ』10号1982年)(3)この点に関しては、拙論「アルツィバーシェフ紹介の一側面――?外と二葉亭をつなぐもの――」(『比較文学年誌』第37号2001年)を参照。(4)АндреевЛ.Н.Пьесы.М., 1959.(5)АндреевЛ.Н.Повестиирассказы:В2т.М., 1971.(6)АндреевЛ.Н.Драматическиепроизведения:В2т.Л., 1989.(7)АндреевЛ.Н.Собраниесочинений:В6т.М.,1990?1996.(8)ヨコタ村上孝之『二葉亭四迷――くたばってしまえ――』ミネルヴァ書房2014年(ミネルヴァ日本評伝選)(9)拙論「神経衰弱の文学――谷崎潤一郎とロシア文学――」(『早稲田大学大学院文学研究科紀要』第43輯第2分冊1998年)を参照。(10)加藤百合『明治期露西亜文学翻訳論攷』東洋書店2012年408