ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNALとされる悲劇群,また偽作とされることの多い『オエタ山上のヘルクレス』においては,宗教的背景を持った社会道徳であるピエタスが持つ,敬神,親族愛,人倫といった意味が過不足なく用いられていると言って良いだろう(6) .この中で比較的ピエタスと言う語が多用されている『テュエステス』(7)においては,子どもを殺してその父親である自分の弟に食べさせるという人倫にも宗教にも反する行為が主題なので,その語の使用は皮肉な効果を狙ったものであると考えられ,『メデア』(8)では子どもを殺す母親の心の葛藤が,ピエタスが2行で3回用いられている箇所に凝縮(9)されており,出てくる回数は少ないけれども,『狂えるヘルクレス』(10)では,狂気の末に妻子を虐殺して昏倒した英雄が覚醒後に,自ら欲した自殺を断念する過程でピエタスが効果的に用いられている(11) .以前『狂えるヘルクレス』においてピエタスによる救済のヴィジョンを見ようと試みた(12)が,セネカ劇において殆どの場合,救済のヴィジョンは見出しにくいという見解が一般的であると思われる(13) .以下で,『オクタウィア』においてピエタスと言う語が使われた箇所を整理してみた.10回と言う回数は『テュエステス』と同じで,他の作品では多くても『フェニキアの女たち』が7回,『メデア』が6回なので,回数で見る限り,『オクタウィア』においてピエタスと言う語の重要度は高いと言えるだろう.ローマ皇帝ネロは,義父クラウディウスの娘オクタウィアと愛のない結婚生活を送っていた(14)が,ポッパエア(15)を愛人として,妻を追放しようとしている.先帝の娘への敬慕の念から,民衆が起こした暴動(16)のために却って,オクタウィアは命も奪われる状況に陥る.神への敬意も親族への愛情もないがしろにするネロの行為を,息子に殺された母アグリッピナの亡霊が後押しする(17) .こうした粗筋の悲劇にアイロニカルな意味でピエタスと言う語が用いられるのは,『テュエステス』の場合と同様である(18) .実際に,ネロの描かれ方は『テュエステス』のアトレウスによく似ていて(19) ,意識的な模倣とも考えられる(20) .また,アグリッピナの亡霊が息子に非道を敢行させ,その死を予言する際に,自らが毒殺したクラウディウスの亡霊に悩まされる様(21)は,『メデア』で弟アプシュルトゥスの霊に駆り立てられて(22) ,子殺しへと進む母親の姿を想起させる.従って,『オクタウィア』にピエタスと言う語がまとまって使われ,重要な意味を持ってくることは決して理由のないことではないであろう.『オクタウィア』において,ピエタスと言う語がどのように使われているかを検討してみる.(1)(乳母)animum dolentis nostra solatur fidespietasque frustra:わたしたちは,苦しんでおられるオクタウィアさまの心を,信義と愛で,お慰めしようとするのですが,それも実らず,(51-52) (23)この台詞で,乳母は,弟を殺した夫に対して怒りと復讐心を抱いているオクタウィアを,「信義と愛(ピエタス)」で慰めようとしている.ここではピエタスは親子の愛でも宗教心でもないが,人間愛を意味する(24)ことに注目したい.(2)(オクタウィア)scelus ulcisci uindice fratre,tua quem pietas hosti rapuittexitque fides:弟君(オレステス)を復讐者として,悪行の報復を行なうこともできた,弟君をあなたの愛で敵の手から取り戻し,あなたの誠で守り通して.(62-64)この台詞は,この劇では「歌」として用いられる短長二歩格(25)で書かれている.この箇所は重要であろう.ここでも「信義」(フィデス) (26)と組み合わされているが,「愛と信義(誠)」で弟オレステスを敵から救い,保護したのはエレクトラ(27)で,弟とともに父の仇を討った彼女への自己投影は復讐の意志を暗示しているからである.成功したエレクトラを羨み,自分の不幸を嘆いて,弟の殺害に涙することもできないと言う台詞は,後述するタキトゥスの記述を思わせる(28) .(3)(乳母)40