ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNAL NO. 3 (2015. 10)『明暗』における会話の勾配国際シンポジウム漱石の現代性を語る『明暗』における会話の勾配エマニュエル・ロズランConversational Difficulties in Meian (Light and Dark)Emmanuel LOZERANDAbstractMeian (Light and Dark) primarily consists of conversations between its characters. However, the majorityof these conversations are not harmonious. The narrator frequently makes reference to this and even usesthe phrase“conversation gradually became more difficult”in relation to a discussion between the characters,O-Nobu and Tsugiko.Based on an analysis of the awkward conversations at the beginning of the novel between Tsuda and thedoctor, this paper shall clarify several aspects of the“conversational sickness”that is a central element ofthis work. It will then consider whether the propositions developed are applicable to the novel as a whole.『明暗』における会話は、非常に重要な要素です。その理由は四つ考えられます。まず、一つ目の理由は、この作品自体が、主に三十ほどの会話の連続として構成されていることです。二つ目の理由は、物語そのものが、主としてこれらの会話をとおして進展することです。しかも、これらの会話は、他の会話について、あるいは他の会話からの発展として構築されています。三つ目の理由は、これらの会話が語り手によって様々な言葉で呼ばれていることです。語り手は、会話を「話、会話、対話、問答、議論、喧嘩」と呼ぶのです。それと同時に、語り手はしばしば会話の性格に説明を加え、例えばお延と継子の会話について、「だんだん勾配の急になって来た会話」(「七十二」)という表現を用います。また、お延と小林の間の会話の例のように、その展開が特殊である場合には、「特殊の経過をもったその時の問答」(「八十三」)といった表現も見られます。つまり、『明暗』は、会話についてのメタ・ディスクール、言い換えれば、一種の会話論の実行例なのです。そして、会話が非常に重要な要素であると先程述べたのは、会話が中心的なテーマの一つであり、複数の点においてこの作品自体を会話についての小説として読むことができるからです。より詳しく言えば、この作品は、会話についての小説であるとともに、その不調和、あるいはその病についての小説です。不調和、病といった言葉をなぜ用いるのか説明しますと、それは、単にこの作品にはほぼまったくと言っていいほど、うまく運ぶ会話がないからです。その「三十二」で津田が藤井家での会話を「堰き止め」たあとで、「重苦しい空気の影響」を感じるときのように、言葉が「麦酒の泡と共に消えてしまう」ことはないのです。稀な例の一つは、津田が小説の最後の部分で山へ向かうときに乗った軽便鉄道の二人の乗客の「興味本位の談話」(「百六十八」)でしょう。これとは逆に、小説の中の約三十の会話のほぼすべてが、「勾配」があり、もっと簡単な言葉を使うと、「下り坂」を辿っています。これらの会話は、不快感、問題、葛藤を含み、さらには喧嘩にまで発展することもあり、そうでなくても、しばしば途切れたり、脇道にそれたりします。419