ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNALに、彼は馬鹿々々しいというよりもむしろ不思議であるという顔付をした。(「二十九」)ます。この言葉の結果はそれぞれが推し量ることになります。その結果は、次の章である「三十」の最初にはっきりと現れます。それでも座は白けてしまった。今まで心持よく流れていた談話が、急に堰き止められたように、誰も津田の言葉を受け継いで、順々に後へ送ってくれるものがなくなった。小林が真事の空気銃について触れ、場を和ませようとするものの、一同の雰囲気はぎこちなくなってしまいます。空気銃の御蔭で、みんながまた満遍なく口を利くようになった。結婚が再び彼らの話頭に上った。それは途切れた前の続きに相違なかった。けれどもそれを口にする人々は、少しずつ前と異った気分によって、彼らの表現を支配されていた。(「三十」)そして、「三十一」では、叔父の藤井は、甥である津田と自分の妻の話し方に驚きを表します。「大分八釜しくなって来たね。黙って聞いていると、叔母甥の対話とは思えないよ」二人の間にこういって割り込んで来た叔父はその実行司でも審判官でもなかった。「何だか双方敵愾心を以ていい合ってるようだが、喧嘩でもしたのかい」(「三十一」)つまり、何かが本当に壊れてしまったのです。食後の話はもうはずまなかった。といって、別にしんみりした方面へ落ちて行くでもなかった。人々の興味を共通に支配する題目の柱が折れた時のように、彼らはてんでんばらばらに口を聞いた後で、誰もそれを会話の中心に纏めようと努力するもののないのに気が付いた。(「三十二」)「そりゃあなたは固より立派な貴婦人に違ないかも知れません。しかし――」「もう沢山です。早く帰って下さい」小林は応じなかった。問答が咫尺の間に起った。「しかし僕のいうのは津田君の事です」(「八十八」)3.小林とお延が登場するこの場面は、また、沈黙が有害な役割を持つことを示す例でもあります。小林は、津田について匂わせたことがらをはっきりと説明せずに、去ろうとします。そこで、お延は小林を引き留めますが、小林はそれ以上言おうとしません。「お待ちなさい」「何ですか」(中略)お延の声はなお鋭くなった。「何故黙って帰るんです」(中略)「あなたは私の前で説明する義務があります」「何をですか」「津田の事をです。津田は私の夫です。妻の前で夫の人格を疑ぐるような言葉を、遠廻しにでも出した以上、それを綺麗に説明するのは、あなたの義務じゃありませんか」「でなければそれを取消すだけの事でしょう。」(中略)「そうしたらいいでしょう」(「八十八」)これは、言われたことと言われなかったこと(言い過ぎたことと十分言わなかったこと)の寄せ集めであり、お延を完全に打ちのめしてしまいます。お延は何時までもぼんやり其所に立っていた。それから急に二階の梯子段を駈け上って、津田の机の前に坐るや否や、その上に突ッ伏してわっと泣き出した。(「八十八」)そして、お延を動揺させるために、おそらくは故意に小林が用いた言葉についても同様のことが言え4.非言語コミュニケーションについても、小林とお延の場面には、複数の興味深い例が見られます。424