ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

ページ
437/542

このページは RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌 の電子ブックに掲載されている437ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNAL NO. 3 (2015. 10)気配と遭遇国際シンポジウム漱石の現代性を語る気配と遭遇蜂飼耳Clue and EncounterMimi HACHIKAIAbstractOne of the most powerful passages in Meian (Light and Dark) is when Tsuda and Kiyoko meet each otheragain. Bumbling about in the corridors of a hot spring resort one evening, Tsuda hears the sound of a slidingdoor opening and closing somewhere upstairs, which leads to his encounter with Kiyoko. The next morning,when visiting Kiyoko’s room, instead of directly seeing Kiyoko herself, Tsuda first sees the fixtures of theroom such as the mirror and an oblong brazier and notices the elegance of the two cushions lying oppositeeach other on the floor. Kiyoko then appears from the veranda, as Tsuda is taking in the scene. The passageappears to be written in order to first provide clues about Kiyoko, before the woman herself is revealed tothe reader.はじめに夏目漱石「明暗」は、作者の死によって中断され、未完のまま残された小説です。それゆえ、漱石最晩年の思想を反映するものとして、従来さまざまなアプローチが試みられ、多様な解釈と理解のもとに読まれてきたと思います。今回のシンポジウムでは、「明暗」全体の中からとくに注目したい箇所を、新聞連載一、二回分のかたちで選んで考えるという方法を、中島国彦先生からご提案いただきました。私は「一七六」「一八三」を選ばせていただきました。津田と清子の再会、その経緯一読者として、「明暗」を始めから終わりまで読むとき、もっとも印象的な箇所の一つは、津田と清子が再会する場面です。そこに至るまでの経緯について、少し触れておきたいと思います。清子を津田に紹介し、引き合わせた人物は、吉川夫人です。その夫・吉川は、津田にとって上司にあたります。その夫人が、なにかと津田の世話を焼きたがり、気に掛け、ふさわしいと思う女性を紹介したという展開です。吉川夫人も、津田本人も、清子と津田がいずれは結婚することを信じて疑いませんでした。ところが、清子は突然、踵を返して津田のもとから去ります。そこにどういう理由があるのか、なにを考えての結果なのか、清子は一言も伝えないまま黙って去り、関という男と結婚します。津田にとって、これはまったく予期せぬ出来事、不意打ちです。その後、津田は、吉川夫人から新たに紹介されたお延と結婚します。人目には、津田がお延をとても大事にしていると映るのですが、吉川夫人は別の見方をします。つまり、津田が胸の裡では清子との一件を引きずっているはずだと推測するのです。その影響が津田夫妻の関係と在り方にまで及んでいると見た吉川夫人は、ある日、津田との対話の中で、それらの疑惑をまとめて突きつけます。清子との破局について真正面から指摘された津田は、幾分うろたえつつ答えます。「なぜだかちっとも解らないんです。ただ不思議なんです。いくら考えても何も出て来ないんです」。それを受けて、吉川夫人は「突然関さんへ行っちまったのね」と応じます。吉川夫人435