ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

ページ
452/542

このページは RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌 の電子ブックに掲載されている452ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNAL手品師という人は自分の芸をやる人ですから、それは単なる嘘じゃなくて芸ですね。津田は逆に、真事に嘘をついています。新しい靴を買う約束のこと。貧乏だから買えないのですね。あとはもう一つ、今、言いたいのですけれども。堀江さんの話を聞いて「探りを入れる」という言葉を考えてみると、意味が二つありますね。『明暗』の冒頭は、「医者は探りを入れた後で、手術台の上から津田を下した」ですが、フランス語訳では、具体的な道具を使ったことに訳されています。ジョン・ネイスンさんの新しい英訳では、この冒頭は、「Finished with his probe, the doctor helped Tsuda down from the examinationtable.」となっており、具体的な道具はなくなります。たぶんそれは、アメリカ人とフランス人の感じの違いかもしれません。つまり、日本語で二つの意味が重なっていますね。具体的な意味と抽象的な意味。堀江さんのお話を聞いてそれがちょっと分かりました。堀江:二つの意味を合わせるような翻訳が可能かということですね。目的語を必要とするフランス語に比べると、日本語にはそれをなしで済ませることが可能で、もっと曖昧にできる。そこが面白いわけです。この冒頭部を、医者ではなく津田の視点で書いたら、また違ってきます。書く側からすると、ふたつの誘惑がある。実作者の立場から言えば、ついそう書いてしまったとしか説明できない部分がありますが、読み手はそう受け取らない。探りを入れるの「探り」が、期せずしてではなく、意味の重層を示しうるように計算されて使われている、と考えたくなるのです。先ほどの話とは矛盾するかもしれませんけれど、適当に書き始めたことが動き出したとまでは断言できないと思います。掛詞になっている微妙な書き出しですからね。中島:ありがとうございました。今、お名前の出たジョン・ネイスンさんは、三島とか大江、安部公房の翻訳をずっとなさっておられる方ですけれども、『明暗』の数十年ぶりの新しい英訳Right and Darkを一昨年、コロンビア大学出版部からお出しになりました。昔のViglielmo訳はRight and Darknessでした。新しい翻訳の準備の時、わたくしにいろいろ質問がきました。実は最初のところ、この「探り」というのは何か器具を使うのですか、使わないのですか、とたずねられました。やはり、そういうところも翻訳するときにすごくデリケートで、どういうふうにするか難しいですね。時代のことなどは、朴さん、いかがでしょうか。朴:一応原稿を書いてきたのですけれども、それを読まずにお話ししたので、分かりにくかったと思います。意識的だったのかということでしたけれども、そうだったように思います。先ほどちょっと紹介しましたが、「百六十五」で原の手紙について言っているところで、こういうふうに書いてあるところがあるのですね。「どこかでおやと思った。今まで前の方ばかり眺めて、此所に世の中があるのだと極めて掛った彼は、急に後を振り返らせられた。そうして、自分と反対な存在を注視すべく立ち留まった。するとああああこれも人間だという心持が、今日までまだ会った事もない幽霊のようなものを見詰めているうちに起った。極めて縁の遠いものはかえって縁の近いものだったという事実が彼の眼前に現われた」。こういうところから、やはり新たな世界が見えてきたというふうに読めるのではないかと思います。そう思うようになったきっかけはいろいろあると思いますが、貧困に関しては先ほど話しましたように、啄木をはじめ、身近な人たちなどを見ても意識させられたと思いますし、戦争に関して言っても、『点頭録』というエッセイも書いています。やはりある程度意識していたと思います。特に小林のような存在は、有名な作品では『門』の中に安井が満州に行って戻って来るということで宗助が脅かされるという場面がありますが、描き方は違うのですが、やはり日本の外に出て行った人たち、あるいは戻ってくる人たちを登場させているので、どのような形であれ、意識していたというふうに思うわけですね。『明暗』ではそういった状況、もっとはっきり言えば、社会的セイフティネットが構築されていない時代の人々をある程度意識していたのではないかというふうに思います。それが、今日本は景気が良くなりつつあるというのであまり意識されないのかもしれませんが、すこし前まで「格差社会」とずいぶん言われましたし、『反貧困』という本が書かれたのも数年前のことです。さらに言えば、今東アジアの情勢も若干不安な状況ですが、というふうに思っていますので、そういった意味で今日のテーマである漱石のある種の現代性が、ここからは読めるのではないかと思いました。今日のほかの皆さんの話で思ったのも、気配というか、わたしは不安という言葉を使って言いましたけれど450