ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

パネルディスカッションりたいというときに、ああいう『文学評論』の中でああいう表現をした、つまり苦し紛れだろうと思うんですけれども、そこに漱石の生き様の一端が読み取れるのではないかと思って申し上げたわけです。帰りに石投げないでください。別に悪口を言ったわけではありません。中島:ありがとうございます。小山さんのご本でも『明暗』のことについてポアンカレーのことが書かれていますが、作品を本当に丁寧に読んでおられて、小山さん流に津田はひどいやつだとか指摘されているのですけれども、やはり人物関係の機微は本当によくおさえられておられるように思います。今日、いろいろお話をうかがって思うのは、『明暗』は本当に会話が多い作品だということです。沈黙もありますが、会話が多くて、こんな会話をわたくしたち普段しているのかと思います。極端に言うと、新聞小説1回分のうちの3分の2以上が会話だけで延々と続いている。漱石がその会話を午前中1回分書くときにどう思っていたのか、これが一つの大きな問題になるような感じがします。対話、喧嘩、会話、といった言葉のやりとりというのは、わたしたちの普段の日常生活を振り返る、よすがにもなると思います。源:文学作品は、普通は一人で読んで一人で満足していればいいのですけど、こういう機会にいろんな人の読み方を聞くと、自分がいかにうっかりしているところ、うっかり通り過ぎてしまったことがあるのかなと気づかされます。例えば、「会話の勾配」という表現は確かに語り手の言葉として地の文にあるわけですが、この「勾配」というのは今回読み直したときにも、わたしは上り勾配だと思っていたのですね。それで、だんだん会話が進み勾配がきつくなると、息苦しくなって嫌な話題の方に行ってしまうともうそ.れで耐えられない。この会話、吉川夫人の「わたしは負けたわ」みたいな感じで、上り勾配かと思っていたのですけど、今日聞いたらもう最初から下り勾配らしかった気がします。ロズラン:ぼくは「勾配」という言葉を知りませんでした。漱石を読んで、「勾配が急になる」という表現を見つけました。だから、意味をちゃんと辞書で調べて、講演にも「会話の勾配」というタイトルを選びました。でも、あとは、たとえば勾配をたどるとか、とは言えないのですね。だから、ぼくの説明をするために下り坂という選択をしました。でも、勾配そのものは、別に下りとか上りと決まっていませんね。だから、ダイナミックとしては必ずしも悪いふうのダイナミックさではないのです。でも、『明暗』の中に、ほとんど全ての会話は下り坂をたどっていけます。でも、別の状況で別の会話を想像することはできます。互いに理解して進歩する会話も想像できます。しかし、『明暗』の中にこういう会話はないと思います。ぼくは例外として、終わりの方の軽便鉄道の中のあの二人の乗客の興味本位の談話を引用して触れたのです。源:本当にわたしはうっかりしていて「会話の勾配」のことばは実際あまり意識しないで読んでいたのです。だんだん暗くなる会話っていうのが上りっていう感覚で、わたしは掴んでいたところもありました。一人で読んでいてもやっぱり作品で分からないところがあり、ほかの人の読みを聞くと気がつくところがいっぱいあると思います。中島:テキストを読みながら、やはり一行一行読むわけですけれども、同じ速度で読んではいませんね。読むときには、これは前のところとどうつながるだろうとか、堀江さんが前の部分を合わせながら読んで行くということをお話しされたのですが、読み方でこちらがどのくらい柔軟であるかによって、読みの深さが変わってくるような気がします。司会者の特権で、「九十九」の一節を資料に添えておきました。兄妹喧嘩ですよね。お秀と津田のやり取りですが、これを読んでいると、こういうふうに兄妹喧嘩するのだなと思います。相手の言った言葉を、そのまま返すわけです。「ちょっと必要があったから伺ったんです」「だからその必要をおいいな」。そういう言い方になってきて全然進展しないのですけれども、こういうあり方がすごく目立って、それこそ、これをたとえば勾配が急になって会話の密度が高くなるという言い方だったら、もしかするとプラスの意味があるかもしれませんし、人間の嫌なところにだんだんだんだん落ちていくという意味だったら下がっていくというところになるかもしれません。勾配という言葉をもう少しいろんな形で捉えていくのも面白いと思います。皆さんで、この作品の中で会話などに出てくる言葉遣いなどで気になることがあるでしょうか。たとえば、お延さんは自分のことを「あたし」と言いますね。455