ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

パネルディスカッションすると思います。最後に『明暗』について、今後の新しい見方とか、あるいは今日のいろんなディスカッションの中でどういうことをお考えになったのか、一言ずつお話いただけるとありがたいと思います。それでは、ロズランさんから。ロズラン:たぶん不安の理由の一つは、現実ですね。つまり、同時代の現実は、いろんな形で難しくなりました。もちろん戦争とかいう出来事もあって、あとは科学の方も現実をどういうふうにとらえるかもずいぶん変わりましたね。もちろん時代の現実は、とらえにくいですけれども、その時代は特に微妙でした。だから、まず堀江さんの話を聞いて、あとは蜂飼さんの話を聞いて、その現実に対して全然違う方法が表れたわけです。まず、意識的に探りを入れようとする方法。結果が出ますが、問題も出ます。あとは蜂飼さんを聞いて、ウロウロさまよう、つまり、全然意識的でない行動ですけれども、さまよっていると急に何か出現します。ある現実のある部分が出現します。だから、その二つは対照的ですね。つまり現実に対して二つの行動もあります。たぶん、最初の行動は科学の方と思うことができますが、実はそれじゃないのですね。科学の方も出現することもあります。あとは、偶然です。つまり、突然の出現は一見現実の方だと思えますが、実はそうではないのですね。つまり、文学の方も、方法も必要ですね。だから、二つの方法の合わせ重ねは重要ですね。微妙で、重要です。たぶん、だからその二つの発表を順々に聞いて、現実の捉え方においてとても対照的と思いました。朴:ここ数年「移動」ということについて考えてきたものですから、今回宿題をいただいて、読み返して、やっぱり「移動」させられることになった小林に注目して読んでみました。つまり、植民地や占領地に出て行って戻ってきた人たち、その後作家や詩人になった人たちに関心を持ってきたための関心だったかと自分で思います。そうしたなかでももっとも悲惨なのは、やはり軍人だと思うのですね。軍人というのはその国境を越えて外へ出て行くわけですが、出先で待っているのはもっとも悲惨なことです。最近慰安婦問題の本を書いたこともあって、軍人と慰安婦を対で考えてきたこともあります。もちろん、状況は違いますけれども、それまでの日常から暴力的に引き離されるという点では、程度の違いはあっても、やはり誰でも望むことじゃありませんから。現代でもそれは続いています。最初に津田が病気になってしまうということも、そこへ向かう段階と言っていいかと思います。そういった意味で、自分の関心枠から読んでみたのですが、そういった機会を与えていただいて感謝しております。ありがとうございました。堀江:ぼくもまったく同感です。扱うテキストの印象が暗くても、それについて語り合うことは明るく、楽しいですね。このような公の場で、拙い言葉であっても実際に口に出し、自分の、そして他の方々の声の反響を耳に入れながら語るのは、非常に貴重な経験になります。これもまた「探りを入れる」ことになるのでしょう。津田という男は、たとえば『彼岸過迄』の敬太郎と違って、あまりうろつくことのできない人です。ただひたすら歩き回るのも体力のいることですが、何も考えないで歩く余裕がなくなったとき、男はどうなるのかと、今ふと考えました。ただぼんやり歩くことができた時代がいちばん平和だったのかもしれませんね。ロズランさんがおっしゃったように、ぼんやり歩けなくなったとしたら、時代のこと、いろんなことが影響していると考えていい。それから、朴さんがおっしゃった、もっと大きな不安のこと。これは日本だけの問題ではなく、周辺諸国を巻き込むような形で現に存在しています。しかし、日常に埋没しているとそれがなかなか見えない。日々の路上に転がっている不安は、敏感な人でないと感知できない。そうすると、津田は歩き方を忘れた鈍感な人間ではないということにもなる。彼のところに汚れた部分がいちばんたくさん集まってくるわけですから、避雷針のような人だったのかもしれません。ともあれ、楽しい時間を過ごさせていただきました。蜂飼:津田という人物は、読めば読むほど、あまり読者として読んでいてすごく共感できるとか、好きな人物だということにはならないのですね。たとえば、目鼻立ちの整った好男子で、彼はいつでもそこに自信を持っていたなどと書いてあると、イケメンなんだろうけど、ちょっとそんなに読者として入っていける人物じゃないなという感じもするのですけれども。457