ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

伝セネカ『オクタウィア』の独創性エタスの勝利のヴィジョンを読み取りたい.セネカの作品では,「復讐」は実現(『アガメムノン』,『メデア』,『テュエステス』)し,そこには何の救いも無い剥き出しの悪と悪の対立だけが見られ,まさにエリニュスの勝利する世界が実現する.しかし,『オクタウィア』の作品中では,「復讐」は実現しない.ネロがセネカに対し,オクタウィアとの離婚を「復讐」と位置付ける箇所(47)はあるが,大筋から見るとエリニュスの勝利とは言えないであろう.2.タキトゥス『年代記』の記述と『オクタウィア』この作品の主人公オクタウィアに関して,タキトゥスはどのように言っているであろうか.uxore ab Octavia, nobili quidem et probitatis spectatae,fato quodam, an quia praevalent inlicita,abhorrebat, metuebaturque「その頃ネロは,どういう宿命なのか,あるいは不正のものがさらに魅力を持ったためであろうか,妻のオクタウィアを,彼女の高貴な生れと万人の認める貞淑にかかわらず,嫌悪して遠ざけていたのである」(『年代記』13.12)とあり,これは『オクタウィア』の合唱隊の考えと一致する.しかも,この前後でタキトゥスは,ネロがアクテと言う解放奴隷の女性を愛人にしていたことに言及し,他の上流階級の女性が,彼の情欲(libido)の犠牲とならないための必要悪として周囲は認めていとするが,次章ではこの愛人関係が母アグリッピナの怒りを買い,母子の関係に亀裂を入れる原因となったことを報告している.また,ブリタニクス毒殺を受けて,Octavia quoque, quamvis rudibus annis, doloremcaritatem omnes adfectus abscondere didicerat.「オクタウィアはまだ若かったのに,苦悩と愛情とかその他いっさいの感情を隠す術を学び取っていた.」(同13.16)と言われるのは,『オクタウィア』においては主人公自身の台詞と一致する.タキトゥスの報告は一層悲惨で,ブリタニクス毒殺の食卓に同席していたアグリッピナが「恐怖と心の動揺」を表したのに,かろうじて取り繕ったことに比して,オクタウィアの冷静さを描写し,さらに「しばらく沈黙があって後,宴会はもとのように賑やかになった」(ita postbreve silentium repetita convivii laetitia)と付け加えている.また,posito metu nuptias Poppaeae ob eius modi terroresdilatas maturare parat Octaviamque coniugem amoliri,quamvis modeste ageret, nomine patris etstudiis populi gravem.「さて,ネロは恐怖の原因を取り除いてしまうと,このような不安のため,それまで延ばしていたポッパエアとの結婚を急ぐことにする.妻のオクタウィアは貞節な女ではあるが,父の名と国民の人気のためにけむったい存在である.まずこれを離縁しなくてはならぬと彼は思う.」(同14.59)と言う記述は,『オクタウィア』では登場人物としてのネロの台詞に対応している.この前に数章でセネカの引退や,ネロにとって脅威となる有力者の非合法な排除が行なわれ,こうした抑制や恐怖が取り除かれた状況で,歴史上のネロは暴君の道をまっしぐらに進んでいた.さらに,14巻の60-61章には,「オクタウィアとの離婚,ポッパエアとの結婚,民衆の非難」,「オクタウィアを再び妻にという噂」,「民衆の示威運動」の流れが語られ,61章ではさらに,民衆が歓喜してポッパエアの像をひきたおし,ポッパエアがネロに鎮圧を嘆願する場面が描かれている.62-63章では,オクタウィアに「姦通の罪」が着せられ,彼女は「流刑」に処される.「姦通」は『オクタウィア』では言及されていない(48)が,一連の流れは良く似ている.タキトゥスの記述によれば,アグリッピナ殺害の実行犯と,オクタウィアの偽りの姦通相手は同じアニケトゥスという人物であった.これももちろん『オクタウィア』には言及がない.63章の次の文は,やはり『オクタウィア』と共通している.huic primum nuptiarum dies loco funeris fuit,deductae in domum, in qua nihil nisi luctuosumhaberet, erepto per venenum patre et statim fratre;45