ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

伝セネカ『オクタウィア』の独創性葬の礼を/拒否した激しい娘.(291-308)合唱隊もまた,オクタウィア同様に,ピエタスによる正義が実現しないことに諦念を抱いているように見えるが,その中で,上に引用した第1合唱隊歌には,僅かながら「復讐」による正義の実現というヴィジョンが見られる.「父の手で殺された乙女」はウィルギニアであり,その霊に対して復讐が果たされたと言うのは,権力者の失脚と死(52)である.ルクレティアは暴君タルクイニウス王の息子に暴行を受けて自殺し,民衆の怒りを買った王は追放された.暴君の妻トゥリアもまた親殺しの大罪を犯したとされる(53)が,彼女もまた追放された.「暴君」と「親殺し」はネロを指しており,ここには彼の追放も暗示されている.第1合唱隊歌の後半は,ネロによる母殺しの描写となり,さらに殺されたアグリッピナの亡霊が劇中に登場し,ネロの死を予言(619,629-30)する.ここに「正義の実現」に拠る一種の救いのヴィジョンを読み取りたい.先に言及したように,そこに「復讐の女神」が用意しているのは,冥界での劫罰であり,実際にはオクタウィアは悲惨な死を遂げ,セネカも死を命じられ(54) ,ポッパエアはネロが原因で事故死する.ネロの死はこの後で,それ以前に死んだ人々から見て,正義の実現に拠る救済とは言い難い.合唱隊もポッパエアの美を讃える第4合唱隊歌(55)に見られる,グラックス兄弟とリウィウス・ドゥルスス(56)の先例,また嘆きのオクタウィアに対して示す女性たちの例も,救いがあるとは思われず,そこに見られるのは,セネカ劇における常套的な「運の変転」(57)に対する諦念である.それでも,史実の上では悲惨な最期を余儀なくされた主人公の,毅然とした台詞で締めくくられる最終場面を備えた『オクタウィア』の読後感が,重苦しいだけではないのはどうしてかと考える時,自らを復讐者エレクトラにオクタウィアを,犠牲者イピゲニアに喩えて,彼女を遠い世界に連れて行ってくれるように祈る「西風へのオード」があるからだと思われる.Lenes aurae zephyrique leues,tectam quondam nube aetheriaqui uexistis raptam saeuaeuirginis aris Iphigeniam,hanc quoque tristi procul a poenaportate, precor, templa ad Triuiae.Vrbe est nostra mitior Auliset Taurorum barbara tellus:hospitis illic caede litaturnumen superum;ciuis gaudet Roma cruore.そよふく風よ,軽やかな西風よ,/かつて情け知らずの処女神ディアナの祭壇から/イピゲニアを空の雲の包んで/運び去ったおまえたち,/この方も,悲惨な罰を受けぬ遠いところへ/運んでおくれ,お願いです,ディアナの杜まで./わたしたちの都に比べれば,アウリスも/タウリ人の野蛮な土地も,穏やかなもの./神々に捧げられるけれど,/ローマは市民の血を喜々として受け入れているのですから.(973-983)堂々として死を待つオクタウィアの姿もまた,それを補完している.プロロゴスではオクタウィアの婚礼にも,エリニュスが松明とともに現れ,不幸を運んできたとされる.冥界から来たエリニュスが,メッサリナの狂気の婚礼に破滅を齎し,アグリッピナの亡霊が,ポッパエアの婚礼の不幸な結末を予言する(58) .婚礼の松明は,怒りの炎となって復讐を呼び,これは『メデア』に現れる怒りとピエタスの関係を想起させる.婚礼の松明は破滅の炎のメタファーであると言えよう.『オクタウィア』と『オエタ山上のヘルクレス』の類似は夙に指摘されている(59) .「妻-夫-愛人」と言う人間関係の基本的同一性を考えると,それは容易に推察される.しかし,この関係は『メデア』においても同じである.アエギストゥスと言う妻の愛人が要素として増える『アガメムノン』よりも似た構造と言える.前述のように,実際にアグリッピナの亡霊が,夫クラウディウスの亡霊にせきたてられて,息子の破滅を促す役割を果たす場面で,読者,観客は,メデアが自ら殺した弟アプシュルトゥスの亡霊にせきたてられて,子殺しを敢行する場面を思い起こすだろう.非道の契機とはなっていないが,オクタウィアの台詞にもブリタニクスの亡霊が現れる(119).ここで,オクタウィアは弟ともどもネロに刺し貫かれ47