ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNAL501(34)物語抄』とかなり似たような環境において用いられたと考えられるのではないか。『光源氏物語抄』の伝本は、完本としては一種類しか現存していないが(18)、幸い残っているので、『河海抄』の中に引かれている注釈が多くあることが確認できる。この本は元々名前がないともいえる注釈ゆえ、『河海抄』では『光源氏物語抄』から引用したということが一切示されない。現存している『光源氏物語抄』がなければ、誰もこの本からの引用だと判断することができないのである。『水原抄』のほとんどの内容は源親行の手により作られたものである。親行は河内本『源氏物語』を校合した人物であり、四辻善成も河内本『源氏物語』を使用して、『河海抄』を作った。このように、『源氏物語』の知識を持ち、それなりに有名な学者でもあった親行は、自分の知識が一番だとおもわず、何か疑問があったら、他の学者たちに伺い、『水原抄』に記した。『水原抄』が現存しなくても、『水原抄』の逸文から、親行のその積極的姿勢がくみとれる。一方、『葵巻古注』はどのような古写本か、あらためて考えてみると、残念ながら、現在のところ、実物にふれる機会が得られないため、複製本などによって確認したまでだが、それでも、『葵巻古注』はとても古くてきれいな巻子本であることがわかる。たとえば一行の字数、行幅、本文の位置、裏面の注釈の位置など、よく計算されて丁寧に作られたものであることが容易に確認可能である。この点に対して、実物をよく検討した池田氏は、次のように言及していた(19)。(『葵巻古注』は)書写年代は断じて鎌倉末期を下るまいと思はれ、能筆とは言はれないが、ある原本があつて、それを忠実に模写しようとする意図を自ら示してゐる。恐らくは家の秘本としようとして浄書したものか、或いは然るべき地位の人に贈ろうとして写したものかと察せられる。書風は古筆家が一般に書家流となす所のものである。巻首にはやや厚手の鳥の子に、表面は金襴、裏面は金箔を張つて表紙及び見返しとなし、竹の軸を付す。これ等の金襴、金箔は巻尾の水晶の軸と供に後人の付す所である。「家の秘本」として「浄書」された可能性にも言及があるが、池田氏が二つ目の可能性として述べる通り、この古写本は非常に丁寧に作られたもので、「然るべき地位の人に贈ろうとして写したもの」という推定が正しいと思う。このように丁寧に作られた巻子本は、当時の学者たちが研究上使ったとは考えにくい。むしろ、誰か(相対的に)高い地位の人に向けて、『源氏物語』の本文に、本文区分や簡略な注釈を添え、『源氏物語』を研究するのではなく、ある程度のスピードで読み進めることができるような写本を作ろうとした可能性が考えられよう。そのように想定してみると、親行の研究上の重要な記録ともいうべき問答形式の注釈内容が削除されていることも納得されるのではないか。まとめ本稿では、まず『葵巻古注』がどのような古写本であるのかという点をおさえた後に、池田論文が提唱した『水原抄』は巻子本であったとする説の根拠について検討した。池田氏は、『原中最秘抄』の奥書における「帖」と「巻」の使い分け、同じく『原中最秘抄』の注釈の中にあった「裏ニアリ」という言及などから、『水原抄』は巻子本であっただろうと推測したが、その説は容易にはなり立ちにくいことを確認した。また、豊富な内容があるから、巻子本型式のほうが自然だという池田論文の指摘についても、根拠が乏しいばかりか、むしろ冊子本の方が大量の注釈を掲載するのに向いているということを指摘した。次に、池田氏が『水原抄』の逸文から推察した『水原抄』の性質だが、そのうちの「『源氏物語』研究に関する古人の逸話の如きものを記したるもの」に相当する注釈が『葵巻古注』に全くみられないことを重視した。池田論文より後の先行論ではこの確実な特徴を『水原抄』の性質から削除してしまったが、稿者はこのタイプの注釈こそが『水原抄』の重要な部分であり、それが『葵巻古注』にみえないのは、少なくとも『葵巻古注』が『水原抄』そのものとは考えにくいことを示唆していると判断した。