ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

ページ
511/542

このページは RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌 の電子ブックに掲載されている511ページの概要です。
秒後に電子ブックの対象ページへ移動します。
「ブックを開く」ボタンをクリックすると今すぐブックを開きます。

ActiBookアプリアイコンActiBookアプリをダウンロード(無償)

  • Available on the Appstore
  • Available on the Google play
  • Available on the Windows Store

概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNAL509(26)指摘する。さらにその問題点を検討した上で、『葵巻古注』が『水原抄』そのものとは考えにくいことを明らかにし、合わせて『葵巻古注』の利用のされ方と利用者を想定してみる。一、『葵巻古注』について『葵巻古注』は、呼び名の通り『源氏物語』の「葵」巻しかない。一見して非常に古いものとみとめられることから、鎌倉時代末期の本ではないかと推定された(7)。本書の形態は巻子本型式であり、同時代のものの中には同じ形態を持っているものが見当たらないので、非常に珍しいものである。(8)『葵巻古注』は前半の七海本と後半の吉田本があり、七海本は「葵」巻の冒頭から葵上が夕霧を出産後、「のゝしりさはくほと夜中にもなりぬれはやまのさすなに」という本文までとなっている。一方、吉田本の始めは七海本と完全につながっていて、「くれのそうつたちもえさうしあえ給はす」という部分から「葵」巻の終わりまである。だが、残念ながら、吉田本には脱落部分があった。それは、葵上の死後、四十九日の忌が明けることが語られた後の部分で、「いとゝまちとをにそなりたまはんとおもふにいと」で文章が切れ、それ以下、源氏が桐壺院や藤壺のもとへ参上する場面と、「葵」巻後半の最も重要な場面というべき、源氏と紫上との新枕のことが欠落しているのである。翻刻の解題では、「もともと完備していたものがなんらかの事情によって切り出されたのであろう」と推察された(9)。そのような次第で、「葵」巻の四分の三程度しかないのである。『葵巻古注』のもう一つの大きな特徴は、『源氏物語』「葵」巻の河内本系統の本文を全て掲載していることである。本書は最初に『源氏物語』の「古注」として紹介されたものの、実際には『源氏物語』の写本の一種とも言いうるもので、やや大きめに書かれた本文の行間、および上方に注釈が漢字片仮名混じりの小さい文字で書かれている(〈図1)を参照)。また、やや長い注釈は本文の裏面の直後に書かれ、大体三~四行以内にきれいにまとめられている(10)。裏面に注釈がある部分はほとんどの場合は本文の隣に、「裏」か「在裏」と示されている。注釈内容は歴史、故実有職、引歌など幅広く、他の巻の『源氏物語』の本文や系図まで記されている箇所もいくつかある。なお、仏典では巻子本型式の注釈が多くあり、裏書の特徴もある程度共通する面がある。『葵巻古注』はおおよそ右のような本である。これを『水原抄』であると容易に断言できない理由としては、本書に『水原抄』の名前がどこにも書かれていない点と、『水原抄』の逸文の中に「葵」巻の項目が一例も見出せない点の二つがある。とはいえ、『葵巻古注』は『水原抄』そのものであろうとなかろうと、『源氏物語』の研究にとって、非常に興味深い体裁と内容をそなえた資料の一つであることは間違いないのである。続いて、『葵巻古注』が発見されたときから、現在までの先行研究をおさえておこう。二、『葵巻古注』の先行研究池田氏の論文では、「七海本」のみ扱っており、『原中最秘抄』『河海抄』『仙原抄』『花鳥余情』などにみえる『水原抄』逸文や親行説の逸文を基にして、『水原抄』の原形と性質を推測している。池田氏が推測した『水原抄』の性質は『葵巻古注』と完全に一致するとされ(11)、『葵巻古注』が『水原抄』そのものであると結論付けた。ただし、七海本の「タヒシカハラ事」と「左近藏人事」の項目が『原中最秘抄』にもあ〈図1〉『葵巻古注』七海本(冒頭・複製本)