ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNAL挙げている。こうして、バザンにとっては第一原則にあたる「現実に内在する曖昧性」というものから一連のそのほかの原則が導き出されてくる。この第一原則に関しては、[すでに見たように]ハリウッド映画の古典的なカット割と編集技法では、ひとつの意味、ひとつの言説(映画作家の言説)へと現実の曖昧さを還元し、「各部分は演出家の意図通りに置かれたものであるが故に出来事を極限まで主観化する」ことになってしまうのに対し、ディープ・フォーカスによる撮影では逆に、「リアリティの美学」を尊重し、観客に「自ら自身で少なくとも最終的なカット割を行なう余地」を与えているが故に、曖昧さを保存するのである。(コモリ1972,58)だが、バザンは奥行きの演出を探求した同時代の監督達の中でも、ワイラーに対して極めて特異な扱い方をしている。奥行きの演出による新たな映画を論じた1950年初出の「映画言語の進化」(1)では、以下のようなことが述べられる。反対に、画面の深さはイメージの構造の中に曖昧さをふたたび導入する。必然的にそうだといえなくとも(ワイラーの映画には曖昧さはほとんどない)、少なくとも可能性としてはそうなのである。画面の深さを用いない『市民ケーン』は想像できないと言っても過言ではないのはそのためだ。(バザン2015, 127; Bazin 1958, 144引用文は訳書に基づく)ここでバザンはワイラー作品には、画面の深さによってもたらされる現実の曖昧さがほとんどないと論じる。また同時代に奥行きの演出を探求したオーソン・ウェルズとも区別している。さらに「ウィリアム・ワイラー、演出のジャンセニスト」では、バザンはワイラーの「明白な演出」を評価している。これらの点を踏まえると、現実の曖昧さを基調としたバザンのリアリズム論の通説と、バザンによるワイラー評価は矛盾しているように思われる。なぜバザンは自らが述べたリアリズムと完全には合致しないワイラーを賞賛したのか。また同時代に奥行きの演出を探求したウェルズやジャン・ルノワールと異なる、「明白な演出」とは何か。本論ではアメリカ芸術科学アカデミー附属マーガレット・ヘリック・ライブラリーが収蔵する一次資料(2)を精査することにより、『偽りの花園』の脚本および撮影記録と実際の作品とを比較する。『偽りの花園』は本国でも評価が高く、1942年の第14回アカデミー賞では作品賞、監督賞など9部門にノミネートされている。また特に本作品のハーバート・マーシャルの死のシーンを、バザンは賞賛した。バザンのリアリズムの要因とされているディープ・フォーカスではなく、ソフト・フォーカスを用いた本シーンをバザンが評価したことは、一般的なバザン理解を逸脱している(バザン1970, 333; Bazin1958, 154)。本論ではこのシーンに限らず、その他のシーンも含めて論じる。この『偽りの花園』を通じて、ワイラーの演出における奥行きや画面外の空間の活用、視線処理、照明術を詳細に検討する。これによってワイラーの演出の「明白さ」がどのように表現されていたのかを分析したい。さらにはバザンのリアリズム論を、表現がもたらす「明白さ」と映し出される現実の曖昧さとの関係から、それらの矛盾も含めて再検討することが本論の最終目的である。2.観客の自由か、監督の自由かまずはバザンのリアリズム論の中核となっている「映画言語の進化」(バザン2015, 103-135; Bazin1958, 131-148)から検討する。バザンはサイレント期のモンタージュ、そして30年代にアメリカを中心として広まった分析的デクパージュ(3)に続く新たな映画デクパージュとして、画面の深さに基づくデクパージュを挙げた。これを可能にした技術的要因として、パンクロマティック・フィルムの使用によってディープ・フォーカスを作り出せるようになったことをバザンは指摘している。空間の深さに基づくデクパージュによって、何ショットかに分けられていたシーンを1ショットのロング・テイクで撮ることができるようになった。この点をより詳細に考えておきたい。ディープ・フォーカスは前景にも後景にも同時に焦点を合わせて、前景と後景でそれぞれの俳優の動きを同時に捉えることを可能にする。これをロング・テイクで撮り続けることによって、かつてモンタージュの継起的な展開が作り出していた劇的効果を得た、とバザンは述べる。この劇88