ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNAL要とされる限りにおいて全ての表現手法を支持する」と位置付ける(Ibid.)。こうした意味でバザンとミトリには大きな違いが存在するが、ここで重要なのはディープ・フォーカスにおいても俳優のアクションによって観客の注意をひきつけることができる、という点であろう(4)。バザンもこの俳優のアクションという点は重視している。特にワイラーの演出に関しては「完全に役者に集中された」とまで述べている(バザン1970,344; Bazin 1958, 165)。後述の通り、視線や画面外の活用はまさに俳優のアクションによって成立している。こうした演出を明白なものとしてバザンは論じるのだが、ここに矛盾が生じている。俳優のアクションによって観客は注意を導かれるのだとしたら、ワイラーの「演出の明白さ」において「現実の曖昧さ」はほとんど尊重されないことになる。さらに「観客の自由」もなくなり、監督の主観によって見るものが自然と規定されていく分析的デクパージュと相違ないことになってしまう。つまりバザン自身が賞賛したワイラーの演出の「明白さ」によって、バザン自身のリアリズム論が破綻してしまうことになる。そうした自身のリアリズム論との矛盾を抱えた状態で、ワイラーの作品を分析したバザンは何を企図していたのだろうか。それを議論する前に、前提となっているワイラー演出の「明白さ」そのものを検討しなければならない。以降では実際の一次資料や映像を元に、ワイラー演出のどのような側面をバザンが「明白さ」と見なしたのか、具体的に検討していく。3.奥行きとしての反映とオフ・スクリーン空間(5)分析に入る前に、映画のあらすじを概観しておきたい。南部で裕福な暮らしをするレジーナ(ベティ・デイヴィス)は娘のザン(テレサ・ライト)、メイドのアディ(ジェシカ・グレイソン)やキャル(ジョン・マリオット)らと暮らしている。銀行家の夫、ホレス・ギデンス(ハーバート・マーシャル)は心臓病療養のために家を離れている。レジーナは兄弟のベン(チャールズ・ディングル)、オスカー(カール・ベントン・レイド)、オスカーの息子のレオ(ダン・デュリエ)と共に、綿花工場の建設を計画していた。だがそのための資金が不足していた。そこでホレスに資金を頼むことになる。オスカーはこれに加えて、ザンとレオの婚約を画策していた。オスカーの妻バーディ(パトリシア・コリンジ)は婚約に反対していたが、家族の中で発言をあまり許されないバーディは何も言えない。ザンはレジーナに従い、アディと恋人のデヴィッド(リチャード・カールソン)に送られて、ホレスを迎えにボルティモアへ向かう。まずは『偽りの花園』の冒頭、馬車に乗ったザンとアディが銀行の看板を磨くハロルドと話し合うシーンから考えたい。最初のショットでは、銀行で働くハロルドが前景で看板を拭いていて、後景でザン達が乗る馬車が走っている。馬車がフレームアウトする間に、ハロルドとザンの間で会話が始まる。会話の途中で馬車は止まり、ピカピカに磨き上げられた看板に馬車に乗るザンとアディの姿が映る。次のショットでは、前景に馬車を、後景にハロルドを捉えたロング・ショット。ハロルドの台詞(「美味そうなカニだ」)に促されて、カメラが右にパンしてカニを捉える。捉えたとほぼ同時に馬車が出発し、カメラも左にパンして馬車をフォローする。そして馬車が画面左側へフレームアウトしてシーンが終わる。脚本(6)から見ていくと、リリアン・ヘルマンによる脚本段階でこの会話シーン自体は作られていた(Folder 294)。このシーンで最も特徴があるのは銀行の看板を捉えながら、オフ・スクリーン空間にある馬車との会話を成立させている点である。この看板を捉えるという構想はリリアン・ヘルマンによる脚本ではなく、その後に続くアーサー・クーバーによる修正第2稿から書かれている(Folder 298)。このほんの僅かなショットは非常に重要である。その証拠に、このショットは異様な撮影記録がつけられている。撮影記録(7)によれば、このシーンの撮影は1941年の5月14日に行われ、テイク数はこの1ショットだけで10回重ねられている(以降に記載される撮影記録に関する資料は全てFolder303に基づく。フォルダナンバーは省略する)。テイクを重ねることで有名なワイラーではあるが、このシーンで重要なのはテイク数ではなく、そのテイクの結果にある。このショットが撮られたテイク798から807までの間に現像に回されたテイク数は90