ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNAL2人の新聞記者が話し合うショット/切り返しショットの1ショットに注目したい。前景で二人が会話し、後景ではケーンが踊り騒いでいる姿が窓ガラスに反映している。会話する2人の視線の間に後景の窓が存在している点や、新聞記者が反映している窓の方向に向かってタバコの煙を吐く点を見れば、この後景にウェルズが観客の意識を向けさせようとしているのが分かる。オフ・スクリーン空間が明瞭に提示されると言う点では、ワイラーとウェルズのオフ・スクリーン空間に対する演出は近似している。だがウェルズはこのシーンをショット/切り返しショットで撮ることで、実体と反映との位置関係を明示している。ミトリの論点に立ち戻れば、常に踊っているケーンというデータを明確に映しつつ、窓の反映の中のケーンを提示しているのである。一方、『偽りの花園』の看板への反映を考えると、もちろんデータとして馬車やレオの金庫への侵入があったにせよ、その状況をいきなり看板の反映から明示し始めるというのはやはり異様である。充分なデータを複数のショットで示すわけではなく、ロング・テイクでオフ・スクリーンの出来事が映り込んだ反映に注意を惹きつけようとするのは、やはり分析的デクバージュから逸脱しているであろう。バザンによれば、この二人の監督の演出はやはり異なっているという。それは特に照明のレベルにおいてであるとバザンは述べる。次の節では主に本作の照明に焦点を当てて考察していきたい。4.微かに明らかな影映画学者デヴィッド・ボードウェルは『偽りの花園』に関係する記事を様々な形で論じている。この節で検討したいのは、その中でも溝口健二に関する記事でなされた『偽りの花園』の一シーンへの言及である(Bordwell 2007)。このシーンは家族の会合が終わり、バーディとザンが前景で話し合うショットから始まる。この時、会話は画面の中央からわずかに右に外れた位置で行われる。そして画面左の後景にはカーテンが置かれている。バーディが会話の中でオスカーの批判を続けていると、突如バーディの背後にあるカーテンの下に、オスカーのズボンの裾だけが小さくフレームインする。だがオスカーの顔はカーテンに隠れて見えない。ボードウェルは、ここからサスペンスが生じると述べる。オスカーにバーディの悪口を聞かれてしまっている、というサスペンスである。ボードウェルは、会話を立ち聞きする俳優を映すという点に関しては標準的な劇的慣習としながらも、ワイラーがそれを刷新したことを指摘する。ワイラーは、オスカーの体のほんの一部が侵入するだけで、我々がいつもよりも微かな手がかりを拾い上げることができるものだと思っているし、それによって彼は標準的な図式(a standardscheme)を刷新した。(Bordwell 2007著者自身による翻訳)このシーンのズボンの裾は、「足(foot)」という言葉でリリアン・ヘルマンの最終稿(Folder 294)に明確に書かれている。つまり足だけを捉えるということはリリアン・ヘルマンの構想にあった。修正稿に入ってからもこのシーンは変化することなく残され、撮影に入っている。さらに1941年5月12日の撮影記録によれば、このズボンの裾のみを捉えたクロース・アップが撮影されていたことが記録されている。これらの点を見れば、いかにこのズボンの裾を映すことが重要であったのかが分かる。まずオスカーのズボンの裾が現れる瞬間に絞ると、このズボンの裾が入る直前に影がフレームインし、それに続くようにカメラが僅かにパンしていることが分かる。そしてフレームインした後、ズボンの裾と同時にフレームインしている帽子がオスカーの手で微かに動かされている。さらにこのカーテンの袖への注目をより際立たせているのは、このシーンの直前にレオが台詞を発するショットかもしれない。レオは退出する際に、このカーテンの袖を掴んで台詞を発した後に退出する。そのため、続くシーンを見る我々はカーテンの袖から何かが起こることを漠然とであれ、期待させられるのである。だがこれらのうち、最も重要なのは突如不自然にフレームインする影ではないだろうか。この影の突然の動きがかすかな手がかりとなって、我々はオスカーのズボンの登場を予期させられるのではないだろうか。この影の動きと同じことが最も有名なホレスの死のシーンでも起こる。ホレスの死のシーンはとりわけバザンが賞賛したことで知られる。92