ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

『偽りの花園』(The Little Foxes, 1941)における奥行きの演出-アンドレ・バザンと表現の明白さを巡って-まずホレスの心臓病の発作が起こり、ホレスは心臓病の薬を取ろうとする。だが、誤ってホレスは薬を落として割ってしまう。そのことをレジーナが知るように、レジーナのミディアム・クロース・アップが続けて挿入される。ホレスはレジーナに薬を頼もうとする。だがレジーナからの返答はない。つづいてレジーナの代わりにアディを呼ぶホレスの汗をかいた姿がクローズアップで示され、ホレスは立ちあがろうとする。立ちあがったホレスがレジーナの座る椅子の横を通ろうと動き始める。その時、ホレスが動いたことによってレジーナにホレスの影がかかる。レジーナの上に影が落ちると同時に次のショットに繋がり、レジーナのミディアム・クロース・アップになる。ここから脚本上では4シーンを数えることになるシークェンス・ショットになる(Folder 300)。レジーナに落ちていた影が画面の右方向に消えると同時に、画面右側からホレスの手がレジーナの椅子にかけられる。その手が画面右側へフレームアウトすると、今度は後景の壁面にホレスの影が画面右側から落ち、再びフレームインする。もがきながらメイドのアディの名前を呼びつつ、ホレスは少々奥の方向へ歩き、画面左側へフレームアウトする。フレームアウトしたホレスは、またもや画面左側の後景にある階段に先に影を、ついで体をフレームインさせる。そして階段を上がる途中で、ホレスは息絶えてしまう。ホレスが息絶えるまでの間、決して視線を合わせることなく、前を向いたままであったレジーナは、ホレスが倒れると同時に階段に駆け寄る。レジーナが駆けだすと同時に、焦点が後景へ移動する。本シーンで注目すべきは、まずホレスのクロース・アップである。一見すると単なるショット/切り返しショットに見える。だが実はホレスのクロース・アップは物語のコンティニュイティの基盤である180度システムを破って撮られている。180度システムとは、被写体となる人物と人物の間に想像上のラインを想定し、このラインを跨がぬように撮影するシステムのことである。そうすることで被写体の相対的な位置関係や、視線の一貫性が保持される。本シーンでは、ホレスのクロース・アップの段階で、レジーナとホレスの間に想定されるラインを跨いでいるのである。このようにカットした衝撃によって、ホレスの視線はレジーナを見ているはずなのに、二人の視線が一致していないかのような印象が生まれる。この視線に関しては次の節で後述する。次に注目すべきはバザンが指摘したホレスによる「二重の退場」のショットであろう。このショットは前述の通り、ソフト・フォーカスで撮られている。実はバザンもこのソフト・フォーカスを賞賛している。バザンの賞賛に関して、ジル・ドゥルーズはバザンがパン・フォーカスの諸機能には重点を置いていなかった点を指摘する(ドゥルーズ2008, 47)。ここでロング・テイクの影に話を戻したい。前景に映る影に関しては、ショットを繋ぐ意味でも有効であるが、それにしても役者がフレームインする直前に必ず影が落とされる点は別の視点で捉えることもできるだろう。そもそもオフ・スクリーン空間から落とされる影は、オフ・スクリーン空間に誰かがいることを暗に知らせている。このような手法がサイレント時代から既に使用されていることはパトリック・キーティングによって指摘されている(Keating 2010, 67-69)。『偽りの花園』のこのショットで重要なのは、そうした手法が映画内で劇的な瞬間のために機能している点であろう。キーティングはワイラーの『孔雀夫人』(Dodsworth,1936) (10)における照明を例に出しつつ、当時の撮影監督達が劇的で特別な瞬間に影を用いるために、その他のシーンでは影を省略していた点を指摘する(Keating 2010, 169-170)。さらにキーティングはここでコロンビア所属の撮影監督ルシアン・バラードのコメントを用いて、そういった劇的な瞬間の例は中盤や終盤のハイライトとなる部分だ、と論じている。『偽りの花園』におけるズボンの裾のシーンは中盤の、そしてホレスの死は終盤のハイライトである。こうした点を考えると、オフ・スクリーン空間から落とされていた影は、スクリーン上では微かでありながら、明確に劇的な瞬間を創出するために用いられていたと言えるだろう。5.アクションと視線の方向ここまでの議論では、奥行きを伴った反映やオフ・スクリーン空間へ至る照明といった技術的な側面での奥行き、そしてその演出の「明白さ」について検討を重ねてきた。これらの検討の中には共通した問題がある。それは役者のアクションである。バザンのリアリズムの重要な要素として、奥行きの演出の中に見出せる「複数アクションの同時進行」が93