ブックタイトルRILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

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概要

RILAS 早稲田大学総合人文科学研究センター研究誌

WASEDA RILAS JOURNALれた手を切断されたユダヤ人の像は、その意味で例外的な存在であり、明らかな反ユダヤ的イメージであると言える。さらに、ユダヤ人モティーフの登場は、説話の単なる絵画化にとどまらず、壁画が描かれた当時の反ユダヤ的な思想に基づくものだと筆者は考える。聖母の臨終に関するイメージとしてはカトリック圏での「聖母被昇天」が著名であり、「眠り」図像自体があまり知られたものではない。その中の一モティーフに過ぎない「手を切断されるユダヤ人」は、反ユダヤ的図像としても大きな関心を持たれなかったように思われる(1)。しかし反ユダヤ主義というヨーロッパの歴史を考える上で少なからぬ重みを持つ事象に関わる図像であり、本モティーフを考察することは美術史的だけでなく、ヨーロッパ史的な観点からも有用な作業であると思われる。「聖母の眠り」における「ユダヤ人の襲撃」エピソードについてまず議論の前提として「聖母の眠り」の説話について確認する。聖母の晩年について、聖書には記述がない。その「不足」を埋める役割を果たしたのが、民間伝承に始まり、徐々に纏められた外典の類である。さらに教父たちの説教で取り上げられ、その説話は潤色されていった(2)。ここでごく簡単に説話の大筋を述べておく。晩年のマリアの許を天使が訪れ、間近に迫った彼女の死を告げる。マリアはこれを心静かに受け入れ、ただ十二使徒と最後に再会したいことを述べる。マリアの望みに応え、奇跡によって十二使徒が参集する。死の床についたマリアの許に天軍と共にキリストが降臨し、マリアの魂を受け取る。天使に手渡された魂は、天国へと導かれる……といったものである(3)。6世紀には祝祭日が8月15日に定められ、後に正教で最も重要な祝祭である十ドデカオルトン二大祭の一つに数え上げられることになる(4)。絵画主題としても、中期ビザンティン時代(9世紀~13世紀初頭)の後半期には聖堂本堂の西壁に位置する扉口上部を定位置とし、殆どの聖堂で描かれると言ってよい重要な主題となった(5)。「眠り」図像の基本構成は、マリアの「死」の瞬間を写し取ったかのようなものである。すなわち画面中央にベッドに横たわるマリアの遺体と、その背後に天から降臨し、赤子の姿をしたマリアの魂を抱くキリストが描かれる。画面左右には遺体を囲むように十二使徒や天使、主教らが立つ。以上の登場人物が、マリアとキリストを中心とした左右対称の構図で描かれる。10世紀に描かれた聖堂壁画や象牙浮彫において(6)、この定型は既に完成しており、以降現在に至るまで変わることなく描き続けられている。以上の基本構成に加え、「眠り」図にはマリアの死の前後のエピソードが挿入されることがある。死が近いことを告げに訪れた大天使、奇跡によって雲に乗りマリアの許に飛来する使徒、マリアの葬列、葬列を襲撃するユダヤ人、そして死の3日後の被昇天である。本論で検討するのが、そのうちの葬列を襲撃するユダヤ人である。「眠り」図には、聖母の棺を覆そうとしてその手を切断されるイェフォニアスIephoniasと呼ばれるユダヤ人が描き込まれる作例がある。典拠としてはテサロニキのヨアンニス、ダマスカスのヨアンニスといった7世紀から8世紀ごろの「眠り」の説話流布に大きな影響力を持った聖職者たちの説教によるところが大きい(7)。従ってユダヤ人襲撃のエピソードは「眠り」の説話と共によく知られたものであったと思われる。語り手によって異同はあるものの、エピソードの概略はおおむね以下の通りである。マリアが亡くなった後、臨終の場に集まっていた使徒たちは、マリアを埋葬すべく、讃美歌を歌いながら棺をかつぎ、墓地へと出発する。その様子を1人、もしくは複数のユダヤ人が目にする。ここでユダヤ人に悪魔が入り込んだとも言われる。彼らは葬列を襲撃し、使徒を殺してマリアの遺骸を焼き払おうとする。しかし襲撃者の手が棺に触れた瞬間、その腕はなえて動かなくなってしまい、または切り落とされる。他の襲撃者も奇跡の力によって目を打たれ前が見えぬようになり、彼らは恐れおののく。奇跡に恐れをなし許しを乞うユダヤ人に、ペテロが回心するよう諭し、その結果、腕や目は癒えた、というものである(8)。以上のエピソードは、反ユダヤ的思考の下に創作されたことは明白であろう。マリアの死の前後を物語る他のエピソードと異なり、マリアの生涯やエピソード相互の関係は希薄であり、説話における必要性は指摘できない。明らかにユダヤ人を貶めるためだけに、挿入されたと考えられるのである。教父説教においてもそれは明白であり、一部を以下に引用144