小黒 昌文 教授
【略歴】
1997年
早稲田大学第一文学部フランス文学専修卒業
1999年
京都大学大学院文献文化学専攻
フランス語フランス文学専修 修士課程修了
1999〜2002年
パリ第3大学に留学(DEAおよび博士課程)
2005年
京都大学大学院文献文化学専攻
フランス語フランス文学専修
博士課程修了 博士(文学)
2005〜2010年
京都大学、京都市立芸術大学、
同志社大学、京都女子大学にて非常勤講師
2010〜2014年
駒澤大学総合教育研究部専任講師
2014〜2020年
駒澤大学総合教育研究部准教授
2020〜2023年
駒澤大学総合教育研究部教授
2023年〜
早稲田大学文学部教授
──研究内容
卒業論文のテーマに選んで以来、マルセル・プルースト(1871-1922)の生涯と作品が研究対象です。「最後の19世紀作家」であり「20世紀文学の先駆者」でもあると言われるこの小説家は、『失われた時を求めて』(1913-1927)という未完の長編小説を後世に残しています。作家になりたいという思いをもった「私」の日々を回想形式で綴った自伝的な小説は、19世紀末から20世紀初頭のフランス社会を描いた物語であると同時に、文学創造の根幹を問う批評的な思索の場でもありました。そこには、狭義の文学のみならず、美学や心理学、哲学、歴史学、社会学といった多様な領域へと通じる言葉も散りばめられています。
私自身の関心は、作家が生きた時代の文化的・社会的・政治的なコンテクストを紐解きつつ、作品読解の新たな可能性をさぐることにあります。そのための切り口は、世紀転換期における美術館の隆盛や、血と大地をめぐる国家主義的な思潮のうねり、第一次世界大戦がもたらした未曾有の破壊、あるいは日常の生活空間に溢れかえる広告ポスターの功罪など、多岐にわたります。
プルースト研究の文脈からは離れますが、現代作家フィリップ・フォレストの翻訳も私にとっては大切な仕事でした。愛娘の死をめぐる喪の問題をくりかえし描き続ける小説群には静謐な哀しみがあり、「取り違えの美しさ」という言葉 ──「美しい書物は一種の外国語で書かれて」おり、そうした書物については「意味の取り違えもまたすべて美しいものとなる」(プルースト)── を鍵とした日本論にはいくつもの気づきがあります。文芸翻訳という営みそのものに大きな魅力と意義を感じているので、フランス語で書かれた作品の翻訳紹介には、今後もできる限りの力を注いでゆきたいと思っています。
──主な著書・訳書・論文
【著書・論文】
・『プルースト 芸術と土地』名古屋大学出版会、2009年
・« Proust et l’art photographique » [Kazuyoshi Yoshikawa et Nathalie Mauriac Dyer dir., Proust aux brouillons, Brepols Publishers, 2011, pp. 115-128]
・« Proust et les controverses sur le classicisme du début du XXe siècle » [Kazuyoshi Yoshikawa et Noriko Taguchi dir., Comment naît une œuvre littéraire ? Brouillons, contextes culturels, évolutions thématiques, Honoré Champion, 2011, pp. 259-273]
・「ある戦争捕虜の肖像 ── ジャック・リヴィエールと第一次世界大戦」[『STELLA』九州大学フランス語フランス文学研究会、31号、2012年、pp. 265-278]
・« L’énigme du lieu : enjeux de la représentation d’un dormeur éveillé » [Kazuyoshi Yoshikawa et Antoine Compagnon dir., Swann le centenaire, Editions Hermann, 2013, pp. 325-339]
・「ジギタリスの孤独 プルースト美学にみる<個>と<普遍>」[『思想』岩波書店1075号、2013年、pp. 171-187]
・「戦争を書く──『見出された時』と第一次世界大戦」[山室信一・岡田暁生・小関隆・藤原辰史編『現代の起点 第一次世界大戦 第3巻 精神の変容』岩波書店、2014年、pp. 139-165]
・« Elstir Chardin ou le langage du silence » [Yuji Murakami et Guillaume Perrier dir., Proust et l'acte critique, Honoré Champion, 2020, pp. 201-216]
・「ある眼差しの歴史=物語のために ──プルーストと二十世紀の視覚文化」[吉川一義編 『プルーストと芸術』水声社、2022年、pp. 289-308]
【訳書】
・フィリップ・フォレスト『荒木経惟 つひのはてに』白水社、2009年
・フィリップ・フォレスト『夢、ゆきかひて』白水社、2013年
・フィリップ・フォレスト『シュレーディンガーの猫を追って』河出書房新社、2017年
・フィリップ・フォレスト『洪水』河出書房新社、2020年
(以上4点はいずれも澤田直氏との共訳)
・J.-J. クルティーヌ編・峯村傑監訳『男らしさの歴史 III ── 男らしさの危機? 20-21世紀』藤原書店、2017年[担当:ステファヌ・オードワン・ルゾー「軍隊と戦争 ── 男らしさの規範にはしる裂け目?」(p. 275-303)/ジョルジュ・ヴィガレロ「スポーツの男らしさ」(pp. 305-337)]
・澤田直・坂井セシル編『翻訳家たちの挑戦 ──日仏交流から世界文学へ』水声社、2019年[担当:エマニュエル・ロズラン「欄外文学を翻訳する ── 正岡子規の『病牀六尺』」(pp. 94-117)]
・アラン・コルバン『木陰の歴史 感情の源泉としての樹木』藤原書店、2022年
──専門以外に興味のあること
写真を眺めるのが大好きです。とりわけ畠山直哉さんが捉える光景には ──地下採石場であれ、一本の樹木であれ、郷里に流れる川であれ── いつも深く胸を打たれています。時代はさかのぼりますが、ジャック=アンリ・ラルティーグが写した人びとの伸びやかな姿には羨望の混じった高揚感を覚えますし、ヨゼフ・スデックが好んで撮影したアトリエの窓と、結露したそのガラス越しに滲む庭の風景には息を呑まずにいられません。
絵画では、松本竣介や佐伯祐三、ジョルジョ・モランディ、マーク・ロスコ、ヴィルヘルム・ハマスホイなどに惹かれています。思い返してみると、そこには鑑賞した場所 ──桐生、下落合、ボローニャ、ロンドン、パリ── をめぐる私的な記憶が結びついていることにも気づかされます。作品自体の魅力とは切り離して考えるべきかと思いますが、前任校で出会った仲間たちと過ごした大川美術館での一日は、何ものにも代えがたい時間でした。
そういえば(どういえば?)、勤務先がかわることを機に、ようやく新しい自転車を手に入れました。思っていたよりも重量がありますが、聞いていた通りによく漕げます。歩くことを忘れないようにしつつ、静かな街をゆっくり走ることも続けてゆきたいと思っています。
──学生へのメッセージ
独りでいるにせよ、誰かと過ごすにせよ、「効率」や「成果」などという言葉は脱ぎ捨てて、できることならのんびりとした日々を重ねていってください。何かにつけ「余白」として切り捨てられがちな部分にこそ、本当の豊かさがあるように思うからです。
大学院時代の恩師は、見聞を広めることの大切さを明るく説きつつ、みずから最期までその姿勢を貫いておられました。当て所のない旅や大志を抱いた冒険ばかりが素敵というわけではありません。書物を開いて文字を追うことも、流れる音楽に身を委ねることも、一幅の絵画をまえにして佇むことも、ひとしく動きとは無縁に見えながら、あなたや私が未だ経験したことのない世界をいくつも拓いてくれるはずです。
早稲田の仏文には、そのための自由を尊重する環境が培われています。異郷の言葉や文化への関心が、私たちの可能性を幾重にも広げてくれるでしょう。まずは気軽に遊びに来てみてください。戸山キャンパスの一隅で楽しみに待っています。
──進級希望学生へのメッセージ動画