imgProfSuzuki

鈴木 雅雄 教授

【略歴】
1985年
東京大学教養学部教養学科卒業
1987年
東京大学大学院
総合文化研究科地域文化研究専攻修士過程修了
1989〜1993年
パリ第7大学文学部に留学(博士課程)
1993年
東京大学大学院
総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程退学
1993〜1997年
東京大学教養学部教養学科助手
1993年
パリ第7大学文学部博士課程修了(文学博士)
1997〜2000年
早稲田大学文学部専任講師
2000〜2005年
早稲田大学文学部助教授
2005年〜
早稲田大学文学部教授

──研究内容
考えてみると、もう30年くらいのあいだシュルレアリスム研究に関わってきましたが、飽きることもなくこの運動を相手にし続けています。シュルレアリスムというと、サルバドール・ダリやルネ・マグリットといった画家が有名ですが、もともとは1920年代のフランスではじまった文学運動で、フランス以外のいろいろな国に飛び火しながら、数十年にわたって持続しました。数え切れないほどの詩人や画家が参加しましたが、どこの国のグループでも非常に個性の強いメンバーが多く、その一人ひとりが何を考え、何をしようとしたかを追っていくだけでもなかなかに楽しいものです。特に、これほどキャラクターの立った人たちがなぜわざわざ一緒に活動しようとしたのか、彼らにとって「複数」であることにはどんな意味があったのだろうかというのが、長いあいだ自分の大きなテーマでした。この問題に関しては、何年か前に『シュルレアリスム、あるいは痙攣する複数性』という本に自分なりの答えをまとめています。
現在は、もう少し美術寄りに研究をシフトさせています。実はシュルレアリスム美術は、美術史的には評価が低く、有名なわりに研究されません。セザンヌ~キュビスム~抽象絵画という「正統」なモダニズムの流れのなかにシュルレアリスムを位置づけるのはどうにも無理があるようで、扱うためには新しい語り方が必要です。今考えているのは、絵画史というよりもう少し幅を広く取って、映画や写真はもちろん、とりわけマンガを含めた視覚体験の歴史を考えると、シュルレアリスム美術はわりあい適切に評価できるのではないかということです。うまくいくかどうかわかりませんが、今後しばらくこのアイディアを展開していくつもりです。

 

──主な著書・訳書・論文
【著書】
・『シュルレアリスム、あるいは痙攣する複数性』、平凡社、2007年
・『ゲラシム・ルカ──アンチ゠オイディプスの戦略』、水声社、2009年
・『シュルレアリスム美術を語るために』(林道郎氏との共著)、水声社、2011年
・『マクシム・アレクサンドル──夢の可能性、回心の不可能性』、水声社、2012年
【編著】
・『シュルレアリスムの射程──言語・無意識・複数性』、せりか書房、1998年
・『文化解体の想像力──シュルレアリスムと人類学的思考の近代』(真島一郎氏との共編)、人文書院、2000年
・『<前衛>とは何か? <後衛>とは何か?──文学史の虚構と近代性の時間』(塚本昌則氏との共編)、平凡社、2010年
Faits divers surréalistes, Jean-Michel Place, 2013
【訳書】
・ジャクリーヌ・シェニウー゠ジャンドロン『シュルレアリスム』(星埜守之氏との共訳)、人文書院、1997年
・サルバドール・ダリ『ミレー《晩鐘》の悲劇的神話──「パラノイア的=批判的
解釈』、人文書院、2003年
・バンジャマン・ペレ『サン゠ジェルマン大通り一二五番地で』、風濤社、2013年

 

──専門以外に興味のあること
つくづく思いますが私はたいへんに幅の狭い人間で、この世界で多少とも知っているといえるものは、(1)シュルレアリスム、(2)80年代以降の日本のマンガ、(3)アメリカのブラック・ミュージックの三つしかありません。このなかでも自分にとって断トツに重要なのは(3)ですが、一度もアメリカの地に降り立ったことがなく、ろくに英語も話せないにもかかわらず、ブルース、ソウル、R&B、ヒップホップ(の一部)は、生きていくための絶対的な前提条件となっています。今後も生涯にわたり、エルモア・ジェイムスは唯一別格の存在であり続けるでしょう。これに続くのはリル・サン・ジャクソン、初期フレディ・キング、ソウルではまずキャンディ・ステイトン、それからボビー・パウエルとかウィリー・ハイタワーかな。これを目にした学生さんでこれらの名前を知っているという人は必ず連絡してください(別に連絡をくれるといいことがあるわけではありませんが)。クラシック音楽が極端に苦手なうえに映画にもほとんど知識がなく、仏文の教員のなかではたいへん肩身が狭いので、切実に同士を求めております。どうかよろしく。

 

──学生へのメッセージ
いまさらと思う人もいるでしょうが、やはり一度はパリに行ってみることを薦めます。たいして清潔ともいえず、窓口の人はなんだか強気で怖いけれど、どこまで歩いてもなぜかまったく退屈することがなく、歴史的にも文化的にも、やはりここで多くの決定的なことが起こってきたのだなという気分になれると思います。
一年生のみなさんは、いろいろなものに興味があって、どこのコースに進級しようか迷うでしょうが、どこか一つの国にしっかりした足場があるというのは、何をやっていくにも決定的に有利なものです。語学や文学だけでなく、美術や現代思想に、あるいは映画や演劇に興味のある人にとっても、人生のある一時期をフランス語やフランス文化にのめりこんで生活することは、きっと大きな意味を持つでしょう。
それと仏文は、たいていの人にとって非常にいやすい場所だと思うので、一度コース室に来てみてください。なんだか平和で仲はいいけれど、みんなでいても暑苦しくはなく、一人でいたければ一人でいても孤独感を感じることはない、ここはきっとそんな場所です。