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オディール・
デュスッド 教授

【略歴】
1979年
リヨン第二大学文学部
古代ギリシャ学科修士課程修了(ギリシャ・パピルス学)
1983年
女子高等師範学校(セーヴル)卒業
1985年
パリ第四大学DEA課程修了
1996年
パリ第四大学文学部博士課程登録
(博士論文『フェヌロンの文学作品における
古代ギリシャ・モデルについて』を準備中)
1987年〜1996年
学習院大学文学部非常勤講師
1987年〜1990年
獨協大学文学部非常勤講師
1988年〜1999年
東京女子大学文学部非常勤講師
1994年〜2001年
東京大学教養学部外国人教師
2001年〜2006年
早稲田大学文学部助教授
2006年
早稲田大学文学部教授

──研究内容
最初はアイスキュロスやジュネ、フローベールといったバラバラの作家を気持ちの赴くままに研究していましたが、もともと古代ギリシャが好きなうえに、子供時代からラファイエット夫人の『クレーヴの奥方』を偏愛していたので、学問的な研究対象として自然と一七~一八世紀を選ぶことになりました。古代ギリシャがヨーロッパ文明の基礎であるという考え方は、この時期に行きわたるようになったものなのです。とりわけかつては非常によく読まれていたフェヌロンという作家を通して、古代の理想的なイメージがどんなふうに構築されたのか、またカトリックが支配的な時代や地域で、異教の神話と哲学がどのような機能を持つことができたのか、そうしたことを研究するのはとても面白そうに見えました。
当時の主要なジャンルである演劇にも、同じくらい興味を引かれています。このころの演劇が持っている強く訴えかける力は今でも失われておらず、現代の演出家も上演し続けています。これらのテクストのインパクトが、姿を変えながらどうやって生きながらえることができたのか、これもまた、私がとてもこだわっている問題です。こうしたテーマをめぐって、政治的・歴史的・言語的なコンテクストのなかでテクストを分析したいと思っています。このためには当時の辞書が大きな助けになるのは当然ですが、最近はアンシャン・レジーム期の新聞の重要性に気づきました。新聞はメンタリティーの変化と言語の意味論的変動を理解するための貴重な鉱脈ですし、今ではインターネットで簡単に閲覧することもできます。さらに2011年の地震に衝撃を受け、一七世紀と一八世紀に地震について何が語られていたかを検討したいと思うようにもなりました。そうした文章と文学の関係もまた、大いに開拓する価値のある問題に思えます。

 

──主な著書・訳書・論文
・« Ôa ôa ou l’exotisme dans Les Perses d’Eschyle », article publié dans la Revue de la section française de la Faculté des Arts Libéraux de l’Université de Tokyo, mars 1995.
・« Un exemple d’ironie théâtrale : Jean Genet », article publié dans le bulletin de la Société Japonaise de Langue et Littérature Françaises, Etudes de Langue et de Littérature Françaises, numéro 68, mars 1996.
・« ‘Et jamais je ne vis un plus hideux chrétien’ ou le diable dans L’Ecole des femmes », Etudes Françaises, revue du département de littérature française de la Faculté des Lettres de Waseda, n°10, mars 2003, pp.42-79.
・« Plutôt un cri, ou un gémissement, qu’un discours », paru dans Fénelon. Mystique et Politique (1699-1999). Actes du colloque international de Strasbourg pour le troisième centenaire de la publication du Télémaque et de la condamnation des Maximes des Saints, publies par F.-X. Cuche et J. Le Brun, Honore Champion, Paris, 2004, pp.305-320.
・« L’”hellénisme” de Fénelon dans la critique littéraire : enjeux et variations », paru dans Etudes Françaises, revue du département de littérature française de la Faculté des Lettres de Waseda, n°12, 2005, pp. 13-54.
・« Coup d’état au royaume de langues – Le statut du grec de Périon à Bouhours », paru dans Etudes Françaises, revue du département de littérature française de la Faculté des Lettres de Waseda, n°14, 2007, pp. 47-76.
・« Le “laboureur” des Stromates – Fénelon traducteur de Clément d’Alexandrie –», dans le Bulletin of the Graduate Division of Letters, Arts and Sciences of Waseda University, n°54, 2008, tome pp. 69-85.
・« Les roses de l’Aurore ou l’aventure exemplaire d’une formule homérique », paru dans Lectures de Fénelon, sous la direction de Jean Garapon et Isabelle Trivisani-Moreau, PU de Rennes, 2009, pp. 133-145.
・『フランス17世紀演劇事典』エイコス:17世紀フランス演劇研究会編 ; オディール・デュスッド、伊藤洋監修、中央公論新社、2011年
・« Andromaque ou la guerre de Troie n’aura plus lieu » dans 『エイコス』第17号 17世紀仏劇研究会 2012年3月30日, pp. 90-120. « Andromaque ou la guerre de Troie n’aura plus lieu », Eikos, bulletin du groupe d’études théâtrales du 17e siècle français, numéro 17, mars 2012, pp. 90-120.
・「ヴォルテール『リスボンの災害についての詩』情報から文学へ」(森元庸介翻訳)、堀内正規編『地震後に読む文学』、早稲田大学出版部、2013年、pp. 79-94
・« ”Dans tous ses coins des coups comme des pétards” : premières mentions des tremblements de terre dans la presse française d’Ancien Régime » dans Etudes Françaises, revue du département de littérature française de la Faculté des Lettres de Waseda, n°21, 2014, pp. 1-20.

・« ”On n’acquiert point leurs cœurs sans de grandes avances” – les métaphores économiques dans Le Misanthrope de Molière », dans Bulletin of the Graduate Division of Lettres, Arts and Sciences of Waseda University 60-II (2015.2.26), pp. 5-32

・« Couleurs antiques », Cahiers du Gadges, Nº14 : Le clair-obscur du visible. Fénelon et l’image, édité par Olivier Leplâtre, IHRIM – UMR 5317, Université Jean Moulin – Lyon 3, 2016, diffusion Droz, pp. 223-272.

・« ”Des images si précieuses et rangées avec un si bel art” – Fénelon et les peintures d’instruction dévotes » dans Etudes Françaises, revue du département de littérature française de la Faculté des Lettres de Waseda, n°23, mars 2016, pp. 1-19.

・« ”Ni tout à fait coupable, ni tout à fait innocente” – terreur, compassion et culpabilité dans Phèdre de Jean Racine », 「エイコス」第18号 17世紀仏劇研究会 2016年3月30日, pp. 27-61.

・« L’Art de la nature de Fénelon et la ruse du pastiche », 総合人文科学研究センター研究誌「WASEDA RILAS JOURNAL No.5」(2017年10月), pp. 69-84.

 ・« Tintin au Tibet : quand tout titube », Etudes Françaises, revue du département de littérature française de la Faculté des Lettres de Waseda, n°25, mars 2018, pp.

・« Mais encore écoutons des païens… », Œuvres & critiques. Regards de la recherche actuelle sur Fénelon : bilan et perspectives pour un troisième centenaire. Revue internationale d’étude de la réception critique des œuvres littéraires de langue française, XLIII, 2, 2018, éditions Narr Francke Attempo, pp. 9-26.

・« ”Échapper à l’envieuse morsure du Temps” – Fénelon, François Perrier et Pline le Jeune – », Bulletin of the Graduate Division of Lettres, Arts and Sciences of Waseda University 64 (2019.3.15), pp. 219-243.

・『20世紀前半(1905年~1945年)の新聞に表象されたサムライ・イメージ―愛国的騎士から集団主義的ファシストへ-』、谷口眞子/デュスッド・オディール/松永美穂編、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業・第2グループ、「ポストコロニアル時代の人文学、その再構築―21世紀の展開に向けて」サムライ・イメージ・グループ成果集『サムライ・イメージの光と影―国際日本学の観点から―』、2019-1,pp.19-65

・« ”Le Ciel est au-dessus de la terre” – Quelques remarques sur a stratégie du Ciel dans Le Festin de pierre de Molière », 「エイコス」第18号 17世紀仏劇研究会 2019年6月20日, pp. 71-98.

 

──専門以外に興味のあること
とにかく子供時代からずっと小説や物語が大好きで、バルザックやジュール・ヴェルヌ、ドストエフスキー、ジェイン・オースティンやディケンズといった作家は定期的に読み返してきました。一八世紀の小説やコントにも大きな魅力を感じます。アベ・プレヴォー、マリヴォー、ルソー、ヴォルテール、サドといった作家です。これ以外にも、たくさんの無名の書き手の文章をインターネットから気まぐれにダウンロードしたりします。一九世紀末の英米圏の作家もいいですね。もっと現在に近い作家としては、ジュネとアルベール・コーエンを別にすると、フランスワ・ボンやマリー・ンディアイが好きですが、さらにいわゆる「フランス語圏」の小説家、パトリック・シャモワゾー、カマラ・ライ、アマドゥー・クルマ、アナンダ・デヴィ、それにアラン・マバンクーもよく読みます。翻訳でなら漱石や中島敦、古井由吉でしょうか。最近ではW・G・ゼーバルトを発見し、手放せなくなっています。ときどき思い立って、ちょうど音楽を聴くように詩を読むこともありますが、記憶にとどめているのはヴェルレーヌとロンサールくらいでしょう。彫刻と絵画も好きですけど、今ではよく映画館(ユーロスペース、早稲田松竹など)に行きます。それから大好きなのは東京を散歩すること。川の流れに沿って歩きながら大切な人たちと新しいカフェを見つけ、海沿いや山腹の風のなかを歩く、それが何よりの楽しみです。

 

──学生へのメッセージ
文学というのはいつでも生き生きとしたもののはずです。文学はあなたを変え、あなた自身が読むたびに文学も変わっていくのです。それを取り巻く美学的・倫理的・政治的コンテクストは大きく変わってきたとしても、書かれた言葉は蝋板や羊皮紙の時代から変わることなくそこにあって、読み取られることを待っています。ただし本当に感動的な文学は、必ずしも近づきやすいとは限りません。みなさんはまだつまらない仕事やつきあいに拘束されない自由を持っているのですから、難しいテクストに臆せずつきあうための時間をどうか可能な限り大切にしてください。
フランス語を学ぶことはあなた自身の言葉からあなたを引き離すのではないし、英語力を伸ばすこととも矛盾しません。そう、たしかにはじめの二年間くらいは大変かもしれませんね。でもそのうち口の筋肉がきちんと動いてくれるようになるでしょう。そうしたらモン゠サン゠ミシェルへと向かう列車のなかで道を訊くこともできますよ。画面のなかのアンナ・カリーナの言葉を聞き取り、辞書なしにランボーの音楽を感じ取れるようになるのです。もしあなたが苦労せずにフランス語の直感を鍛えたいと思うなら、毎日15分、「プチ・フランセ」と呼ばれたりする、この奇跡のような方法を実践してみませんか?