「マンガ」そして「ジャパニメーション」……

このようにフランスでは、「マンガ」や「ジャパニメーション」は受容されているのです。実際、フランスで知り合った友人も「ジブリ」は全部観ていたようで、「J’adore Miyazaki.」と言っていました。とはいえ、宮崎アニメに限っては、日本人には、もはやアニメというよりも普通の邦画の一種のような捉え方がされていますし、そのフランス人の友人も特にジャパニメーションが好きというわけでもありませんでした。
フランスにおける「マンガ」や「ジャパニメーション」の真の浸透を僕が感じたのは、その留学中にトゥール地方を旅行した時のことでした。
サッシェという場所を訪れた後に、ホテルをとっているトゥールに戻るべく、アゼルリドーという駅から列車に乗ろうとした時のことです。自分の下調べ不足が原因だったのですが、トゥール行きの列車に乗るためには2時間以上待たねばならない状況に僕は陥ったのです。
アゼルリドー……、駅の周囲何もありません。喫茶店もコンビニもパチンコ屋もありません。
時期は2月、その極寒の中、サッシェからアゼルリドーまで歩くという暴挙に出たため、身体は冷え切っている状況でした。
時刻表の前でたたずみ、途方に暮れていたところ、駅舎から、年の頃、僕と同じくらいの男性が出てきたのです。
「トゥール行き、待っているの?」と彼。
「そうだ」と僕。
「トゥール行きは行ったばかりだ」と彼、さらに彼は、寒いから中に入るようにと、乗客用の待合室ではなく、暖房の効いた駅員用の部屋に誘ってくれたのです。
当時、まだフランス人とのスムースな会話、しかも初対面の人との対話にそう自信がない時期でした。暖がとれるのは大感謝だが、列車が来るまでの2時間、はたしてどうしたものやら、と思案にくれていました。
しかし僕を見て、くいついてきたのは彼の方だったのです。
最初の内こそは、旅行か? どこに行ってきたんだ? 何をしているのか? みたいな当たり障りのない質問内容だったのですが、話は徐々に日本の話、日本の文化や車の話、そして、ついには日本のマンガやジャパニメーションの話に及んだのです。
実はその彼、無類の日本好きだったのです。
乗っている車は日本車、マンガもジャパニメーションも大好き。ミヤザキ? もちろん観ているけど、もっとオモシロイの一杯 あるよね、たとえば……みたいな 感じで、あえて言ったら、フランスの“Otaku” です。普通の日本人の大半は観ていないような日本の深夜アニメまでも知っていました。
当時フランスではようやくADSLが導入され始めた頃、You TubeやDaily motionのような動画投稿サイトがネットを席巻する前の話です。日本のマニアックな作品を観るとしたら、ビデオやDVDによるしかない状況でした。なんとフランスでは、こんなものまで! と感嘆符を付けたくなるような日本のマンガや深夜アニメまで流通しているのです。ちなみに、そうしたマニアックな作品の存在は、僕が通っていたパリ第七大学の前にあったアニメショップで確認しました。
とまれ、僕も小学4年生の頃から今までずっとジャンプ・サンデー・マガジンといった少年誌3誌を読み続けています。フランス人に負けてはいられません。
かくして彼、Vincent(ヴァンサン)とは、時を忘れ、トゥール行きの列車が来るまで語り続けたのです……。
僕が勉強している19世紀の小説家バルザックにまつわる地を巡るというのが、その時のトゥール旅行のテーマで、そのような好事家としての僕の欲求も充足できたのですが、今思い返せば、そのアゼルリドー駅での2時間は、僕の中で、フランス人の優しさに触れ、かつ楽しく過ごせた、かけがえのないフランス留学の思い出にさえなっています。
この経験のきっかけになったのは、まぎれもなく「マンガ」と「ジャパニメーション」でした。
このコラムでは、フランスにおける「マンガ」や「ジャパニメーション」の浸透ぶりをタンタンと語るつもりが、僕の思い出話に落ち着いてしまいました。とはいえ、僕のフランス留学の大切な光景を想起させてくれたこのリレー・コラムに感謝の念を捧げながら、次のコラムニストにバトンを渡すことにいたします。