フランス語マンガとわたし

しかしお話のレベルで言うと『スピルウとファンタジオ』はやはり子ども向けのお話であるわけで、絵柄は大好きだけれどもストーリー的にはいささか物足りなさを感じていたことも事実だ。そんなさなか、リヨンへ留学していたときに、これは一生のお付き合いができそうだ!というマンガ作家とその作品に、わたしは出会ったのである。その名はルイス・トロンダイム Lewis Trondheim。一番最初に手にしたのは、トロンダイムがシナリオを、盟友のクリストフ・ブラン Christophe Blainが絵を担当している『ドンジョン・黎明篇』(Donjon Potron-Minet)の『寝間着の剣士』(La chemise de nuit)という本だった。う~む、大人っぽく、コワかわいくて、なんともシニカルに面白い……。ふふふ、この面白さはやはり子どもにはわかるまい……と含み笑いをしつつ読み進めた『ドンジョン』のシリーズは、中世を思わせる城をバックにマント、剣、血しぶきが交錯するアクション満載だが、作中人物がすべて動物でそこはかとない脱力感もブレンドされている。『ドンジョン』の「天頂篇 Donjon Zénith」「黄昏篇 Donjon Crépuscule」などはトロンダイムがシナリオを、ヨアン・スファール Joann Sfarが作画を担当している。フランス語のマンガではシナリオと作画を別々の人が手がけるということはわりに伝統的におこなわれているようで、日本にこそ入ってきていないが『タンタン』シリーズと並ぶフランス語マンガ(そしてこれぞ「フランスのマンガ」と言っていいであろう)『アステリックス Astérix 』シリーズは、ゴシニー Goschinyがシナリオ、ユデルゾ Uderzoが作画という分業ものの代表格である(日本で言えばやはり武論尊と原哲夫、両センセイの『北斗の拳』が分業ものの代表格であろうか……?余談でした)。『ドンジョン』ではそんな風にシナリオばかりを担当しているトロンダイム自身が、シナリオと作画を両方担当しているのが、ウサギが主人公の『ラピノ』シリーズだ。これに出会ったときはわたしはハタと膝を打って、「これだ!」と思った。そこには、日本に偏向的に伝わってきている「おフランス」ではない、低温の(常温の?)フランスの現代生活があり、低温な若者の低温な世界観(褒め言葉です)があったのだ。これこそ、かの国でもこういうことを考えている人たちはいるのであり、世界のどこにでもおそらくいるにちがいないという点で、わたしが日本のみなさんと共有したいフランスの文物であった。そんなわけでぜひこれを翻訳、日本のみなさんに紹介したいと思って原稿を作ったものの、なかなか日本のギョーカイでは「本屋のどの棚に置けばいいかむずかしい」などの理由で出版にはこぎつけていないのが実情である……。そこでフランス語を学んでいるかたがたには、翻訳を待たずこのシリーズを自主的に原語で読んでいただきたいとも思っている。

 

この『ラピノ』シリーズの嚆矢は、A4版の単行本(album)で出はじめる前にものされた『ラピノとパタゴニアのニンジン』という500ページにもわたる金字塔的な作品である。これはこれでまたすごい代物で、他愛なくはじまったお話が圧倒的なスケールと奥行きを得るにいたる過程は、わたしの人生においてもおそらく5本の指に入るすごい読書体験であった。もうひとつ、トロンダイム関連で強く印象に残っているのは、今やフランスではトロンダイムと並んで人気沸騰中のマニュ・ラルスネ Manu Larcenetが画を描いている『未来の宇宙飛行士 Les cosmonautes du futur』という作品だ。これも終盤の驚きをみなさんとぜひ共有したいものである……。

 

トロンダイムについてより詳しく知りたいかたは、早稲田大学大学院文学研究科フランス文学専攻研究誌『フランス文学語学研究』第23号(2004年)に拙稿「ウリポ(潜在文学工房)からウバポ(潜在マンガ工房)へ―ルイス・トロンダイムにおける潜在性―」が、そして早稲田大学文学部フランス文学研究室発行の『ETUDES FRANÇAISES 早稲田フランス語フランス文学論集』no14(2007年)に拙稿「日常と非日常のあわいに―ルイス・トロンダイムとレーモン・クノー―」が載っているので参照いただきたく思う(どちらの雑誌もフランス文学専修室に各号バックナンバーがあるのでぜひ読みに来てください)。

 

フランス語を学ぶみなさんもぜひお気に入りのマンガ作家・作品を見つけて、面白いものがあったら教えてください。日仏学院の図書室にはマンガもある程度そろっているようだし、欧明社やフランス図書で発掘したり、フランスの本屋のサイトで探してみるのも一興であろう。最初はなかなかスラスラとはいかないかもしれないが、原語でマンガを読むことは、絵との組み合わせで語の意味を類推してみたり、よくある言い回しに触れることができたりと、フランス語学習のたのしくてたのもしい味方となってくれることはウケアイである。